もうちゃ箱主人の日記
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2007年11月08日(木) 植草甚一展

前にも書いたかもしれないが
 (見つからない… (^^;))
大事なことのいくつかを、この方の文章から学んだ。
私の大事な先生の一人である。

この方の軽やかな文のいくつかは
今でも暗誦している。


http://setabun.jp/exhibition/uekusa/

>植草甚一展

会期 ● 2007年9月29日(土)〜11月25日(日)
開館時間:午前10時〜午後6時(入場は午後5時30分まで)
世田谷文学館

植草甚一(明治41〜昭和54/1908〜1979)は、
昭和25年から亡くなる54年まで世田谷(北沢・赤堤・経堂)に
居を構えました。
早稲田大学で建築を学び、映画館勤務を経て東宝宣伝部に入社しますが、
昭和23年、13年間勤務した東宝を砧撮影所の大争議を機に退社、
「キネマ旬報」の同人となり、映画評論を書き始めました。
以後、ジャズやミステリー、漫画、ファッションなど、
同時代カウンター・カルチャーを紹介する記事を雑誌や新聞に盛んに
発表し、1960年代後半から70年代にかけて若者文化のシンボル的存在
となりました。

それらのエッセイは、『ぼくは散歩と雑学がすき』(昭和45年)、
『雨降りだからミステリーでも勉強しよう』(昭和47年)、
『こんなコラムばかり新聞や雑誌に書いていた』(昭和49年)などニークな書名の単行本にまとめられました。
なかでも『ワンダー植草・甚一ランド』(昭和46)は、
自分の文章やコラージュ作品はもちろんのこと、友人の和田誠・日野皓正・飯島正・丸谷才一・淀川長治らが植草甚一に寄せた文章も収録し、
これまであった単行本のスタイルを一変させました。現在ではこのような
ムック(magazineとbookの中間のような出版物)は珍しくはありませんが、そのさきがけとなりました。


『ワンダー植草・甚一ランド』晶文社、1971年
1973年8月創刊号から1976年7月号まで責任編集を務めた雑誌『ワンダーランド』(3号より『宝島』と改題)

本展では、植草甚一がこよなく愛した「映画」「ジャズ」「ミステリー」「雑学(散歩と読書)」を軸に、図書・写真・原稿・コラージュ・書簡・スクラップブックなどで構成し、今再び雑誌で特集され、あらためて20〜30代の若者を中心に注目されている植草甚一の仕事と独特のライフスタイルをご紹介します。


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