もうちゃ箱主人の日記
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今月のT◎MA市民塾講座は (匿名にしなくてもよさそうに思うのだが なぜか臆病になって…(^^;)) 『アマデウス再見』と名うって 映画『アマデウス』の旧版・新版(ディレクターズカット版)を あらためて検討した。
ディレクターズカット版を観たのは、ほんの2、3年前かと 思っていたら、2000年であった! もう5年も前だったんですね、 思わず、感慨にふけってしまった私… (^^;)
当時、『アマデウス・ディレクターズカット版を観て』と題して 書いたエッセイを私のWebサイトに公開しているので、 ご一覧頂ければと思います。
さて、今回の講座では ディレクターズカット版での追加部分の鑑賞に加えて ・旧版字幕の mass 〜 mask 誤訳問題 ・conftatisの口述筆記場面 〜などを取り上げてみた。 前者は、ある会(Fェライン)にけるM澤先生のレクチャーで (これも、匿名にするかどうか迷ったが…(^^;)) 教えて頂いたもので、それを紹介するのは気がひけるところも あったのだが (著書などで公開されていればいいのだが) 新版の字幕では訂正されているので、もはや問題なかろうと 思い、M澤先生から得た情報と断った上で、私の解釈も 加えて紹介した。 (このへん、十分配慮したつもり (^^;)) 後者の、サリエリが病床のモーツァルトから レクイエムのconftatisを口述筆記するシーンは 映像として実によく描かれていて感動的なのだが あえて、史実と照合してみた。 これも、結論は既に2,3のWebで指摘されているのだが 単なる受け売りでなく、レクイエムの自筆譜ファクシミリや NMAの3つの譜面で検証した上で、とりあげた。 当然のこととはいえ、このくらい準備すると 結構大変な負担ではある。 (反面大変勉強になるので、こういう機会を持てたことは ありがたいことです。)
以上に加えて、今回はゲストの才媛に (この呼び方も、差別語になるのかな?、難しい!) 「映画『アマデウス』におけるモーツァルト音楽の自律性」との レクチャーを頂いた。 『嘆きの天使』『家族の肖像』『モード家の一夜』などを 『アマデウス』と比較しての検討。 興味深く拝聴した。^o^!
もうちゃ箱主人
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