もうちゃ箱主人の日記
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2005年08月06日(土) アマデウス再見

今月のT◎MA市民塾講座は
  (匿名にしなくてもよさそうに思うのだが
   なぜか臆病になって…(^^;))
『アマデウス再見』と名うって
映画『アマデウス』の旧版・新版(ディレクターズカット版)を
あらためて検討した。

ディレクターズカット版を観たのは、ほんの2、3年前かと
思っていたら、2000年であった!
もう5年も前だったんですね、
思わず、感慨にふけってしまった私… (^^;)

当時、『アマデウス・ディレクターズカット版を観て』と題して
書いたエッセイを私のWebサイトに公開しているので、
ご一覧頂ければと思います。

さて、今回の講座では
ディレクターズカット版での追加部分の鑑賞に加えて
・旧版字幕の mass 〜 mask 誤訳問題
・conftatisの口述筆記場面
  〜などを取り上げてみた。
前者は、ある会(Fェライン)にけるM澤先生のレクチャーで
 (これも、匿名にするかどうか迷ったが…(^^;))
教えて頂いたもので、それを紹介するのは気がひけるところも
あったのだが (著書などで公開されていればいいのだが)
新版の字幕では訂正されているので、もはや問題なかろうと
思い、M澤先生から得た情報と断った上で、私の解釈も
加えて紹介した。
 (このへん、十分配慮したつもり (^^;))
後者の、サリエリが病床のモーツァルトから
レクイエムのconftatisを口述筆記するシーンは
映像として実によく描かれていて感動的なのだが
あえて、史実と照合してみた。
これも、結論は既に2,3のWebで指摘されているのだが
単なる受け売りでなく、レクイエムの自筆譜ファクシミリや
NMAの3つの譜面で検証した上で、とりあげた。
当然のこととはいえ、このくらい準備すると
結構大変な負担ではある。
(反面大変勉強になるので、こういう機会を持てたことは
  ありがたいことです。)

以上に加えて、今回はゲストの才媛に
 (この呼び方も、差別語になるのかな?、難しい!)
「映画『アマデウス』におけるモーツァルト音楽の自律性」との
レクチャーを頂いた。
『嘆きの天使』『家族の肖像』『モード家の一夜』などを
『アマデウス』と比較しての検討。
 興味深く拝聴した。^o^!


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