もうちゃ箱主人の日記
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この欄の常連サマはご存知と思うが 4月1日といえば→ 東京新聞なんです。! 毎年の楽しみです。
今や名物となった ↓ この決めゼリフ
>※お断り 今日は4月1日、エープリルフール 本日の特報面の記事はすべてつくり話です。
NIKKEIさんに、このシャレ心があればねぇ(笑) (おお、そうじゃ ナベツネさんとこもね) さて今年のメインは…
じゃ〜ん! >沖縄に『幻の新島』 地震頻発で再浮上
しかも念の行ったことに… ( )内はワタシのコメントです。
>三十日、現場の潜水調査を開始。 だが、期待に反して新発見はなかった。 …調査隊に同行していた本紙記者が、海底から 遺物らしき物を見つけた。 …よく見るとタヌキの焼き物だった。(笑)
>なぜタヌキなのか。 …実は、新島はかつてこの海域に実在した島だった可能性 が強い。 沖縄海洋大学の大方宗太朗教授(琉球史)は 江戸時代中期の一七一三年、琉球王府が編さんした沖縄 最古の地誌「琉球国由来記」に登場する「再隆島」では ないかと推測する。 この島だけ現代の地図には見当たらないからだ。 (← アタリマエ ウソなんだから (笑))
>再び隆起し出現した新島とタヌキはどんな関係があるのか。 那覇市の琉球民俗保存協会の新垣久会長(56)は、 「古代エジプトで猫が神格化されたのと同じように、 再隆島では古来タヌキが知恵と精力の象徴として神聖視 された。」 と話す。 「タヌキの置物を泡盛の酒蔵に置いておくとうまい酒ができる という言い伝えもあった」。
>タヌキの置物で有名なのは滋賀・信楽焼だが、 愛知県常滑市と沖縄との関係が浮かび上がってきた。 …樽水町内会の田貫守会長(76)は (↑このナマエ! (笑)) 幼いころ祖父からこんな話を聞いた。 「明和の大津波で再隆島の人々は避難したが、… 黒潮に流されて三日後に着いたのが常滑だった。」 島民二百八十人全員が生き残ったという。 同市陶磁器史料館の鍋谷寛館長は 「常滑焼発展の陰に沖縄の壺屋焼があった」と話す。 「…津波の記憶をもつ島民らは、漁業を嫌い、 陶芸の道を選んだ。 …望郷の念から、タヌキの置物も作ったが、 (やがて)縁起物として全国に普及していった」
以上は、もちろん 「フィクションです」 (笑)
さて、ほかにも何件かフィクションがあるので 見出しだけご紹介いたしませう。
1)サッカー10人制に 〜ゴール増やし、視聴率アップ狙う
2)ツノゴキブリ 関東で繁殖 〜カブトムシと交配か 遺伝子操作?
3)マンモス生存 〜愛・地球博展示のマンモスの毛が2ミリ伸びた!
さて、ワタシからも、ひと言。 *毎年 4月1日の東京新聞朝刊は大人気で 平素の3倍増刷しても、正午前までに売り切れ 4月2日の株式市場では、紙パルプ銘柄が暴騰 まさに「洛陽の紙価を高める」そうです。 ( ↑ ウソです。(^^;))
もうちゃ箱主人
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