もうちゃ箱主人の日記
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2005年04月01日(金) 4月1日といえば→ 

この欄の常連サマはご存知と思うが
4月1日といえば→ 東京新聞なんです。!
毎年の楽しみです。

今や名物となった ↓ この決めゼリフ 

>※お断り 今日は4月1日、エープリルフール
 本日の特報面の記事はすべてつくり話です。

NIKKEIさんに、このシャレ心があればねぇ(笑)
 (おお、そうじゃ ナベツネさんとこもね)

さて今年のメインは…

じゃ〜ん!
>沖縄に『幻の新島』 地震頻発で再浮上

しかも念の行ったことに…
 ( )内はワタシのコメントです。

>三十日、現場の潜水調査を開始。
だが、期待に反して新発見はなかった。
…調査隊に同行していた本紙記者が、海底から
遺物らしき物を見つけた。
…よく見るとタヌキの焼き物だった。(笑)

>なぜタヌキなのか。
…実は、新島はかつてこの海域に実在した島だった可能性
が強い。
沖縄海洋大学の大方宗太朗教授(琉球史)は
江戸時代中期の一七一三年、琉球王府が編さんした沖縄
最古の地誌「琉球国由来記」に登場する「再隆島」では
ないかと推測する。
この島だけ現代の地図には見当たらないからだ。
(← アタリマエ ウソなんだから (笑))

>再び隆起し出現した新島とタヌキはどんな関係があるのか。
那覇市の琉球民俗保存協会の新垣久会長(56)は、
「古代エジプトで猫が神格化されたのと同じように、
 再隆島では古来タヌキが知恵と精力の象徴として神聖視
 された。」 と話す。
 「タヌキの置物を泡盛の酒蔵に置いておくとうまい酒ができる
  という言い伝えもあった」。

>タヌキの置物で有名なのは滋賀・信楽焼だが、
愛知県常滑市と沖縄との関係が浮かび上がってきた。
 …樽水町内会の田貫守会長(76)は
       (↑このナマエ! (笑))
 幼いころ祖父からこんな話を聞いた。
「明和の大津波で再隆島の人々は避難したが、…
 黒潮に流されて三日後に着いたのが常滑だった。」
島民二百八十人全員が生き残ったという。
 同市陶磁器史料館の鍋谷寛館長は
「常滑焼発展の陰に沖縄の壺屋焼があった」と話す。
「…津波の記憶をもつ島民らは、漁業を嫌い、
 陶芸の道を選んだ。
 …望郷の念から、タヌキの置物も作ったが、
 (やがて)縁起物として全国に普及していった」

以上は、もちろん 「フィクションです」 (笑)

さて、ほかにも何件かフィクションがあるので
見出しだけご紹介いたしませう。

1)サッカー10人制に 
   〜ゴール増やし、視聴率アップ狙う

2)ツノゴキブリ 関東で繁殖
   〜カブトムシと交配か 遺伝子操作?

3)マンモス生存
  〜愛・地球博展示のマンモスの毛が2ミリ伸びた!

さて、ワタシからも、ひと言。
 *毎年 4月1日の東京新聞朝刊は大人気で
 平素の3倍増刷しても、正午前までに売り切れ
 4月2日の株式市場では、紙パルプ銘柄が暴騰
 まさに「洛陽の紙価を高める」そうです。
  ( ↑ ウソです。(^^;))


もうちゃ箱主人