もうちゃ箱主人の日記
DiaryINDEXpastwill


2005年01月21日(金) 私のモーツァルトの原点

長い間、捜していた文章にやっとめぐりあえた。
セイレンディピティというのでしょうか。
一生懸命捜しているときには、発見できないものが
他の機会にひょっこり出会う、そんな感じ。

30数年前に読んだ
永井路子さんの 『モーツァルトへの出発』という
短文である。
小学館版『世界の名曲』のモーツァルトの巻に同封された
月報で
これが、私のモーツァルトの原点なのだが
どこかにしまい忘れたまま、長い月日が流れた。
(音楽でなく、文章が原点というところが、いかにも
  私らしい!? (^^;))

あまり目にする機会もないと思うので
ほぼ全文をご紹介させて頂きます。
(ナイショなので、引用・転載はご遠慮くださいネ)

………………………………………………………
>魔力とでもいったらいいのでしょうか。
モーツァルトの音楽は、じつにふしぎな力を
持っています。
その言葉自体は透明で簡潔で、大げさな身振りも
人を驚かすような叫び声もなにひとつないのですが
それでいて、ふしぎに人の魂をとらえて離さないものを
持っています。
   <中略>
私は、こうしたモーツァルトに魂をとらえられてしまった人を
たくさん知っています。というのは、私が偶然、
「日本Mーツァルト協会」というモーツァルトを愛する人たちの
集まりの、雑用を引き受けているからなのですが……

   《中略》
モーツァルトの作品全曲をきかないうちは、死んでも死にきれない、
という中年紳士。

モーツァルトをひきたいという、それだけの願いのためにピアノを習い
いまは、充分人に教えるだけの力を持っていながら、
モーツァルト以外の曲を弾くことがたえられないから、と
お弟子をとらない若い女性。

モーツァルトに関係する文献とあれば、海の向うのものまでも、
全部集めなければ気のすまない青年エンジニア。

モーツァルト以外は絶対に認めず、
例えばハイドンやベートーヴェンの曲を例会で演奏したりすると、
俄然抗議を申し込んでくる学生。
 ……

<字数超過につき
 続きは申し訳ありませんが、今日の掲示板をご覧下さい>
        ↓
http://8554.teacup.com/wamjapan/bbs


もうちゃ箱主人