ことばとこたまてばこ
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| 2006年03月07日(火) |
悲しくあの子だけの音 (作成:高校時) |
「あっ」
「?」
「…ねぇ、なにか音…しなかった?」
「いや、なにも聞こえなかったけど…」
「ううん。絶対なんか音がした」
「音…?」
「うん。ちょうど後ろから草を踏むような音がした。がさがさ、って」
「どこから…どこから聞こえてくるんだ?」
「ほら、あっち」
「…なにもないよ」
「んっ、また聞こえた!ほらほら、今度は雨の足音が聞こえてくる。しとしとしとぴたぴたぴたんっていつまでも続いて軽やかな感じ。あたしこの音大好きなの」
「…よかったね」
「今日天気予報では晴れだっていってたから、まさか聞けるなんて思わなかったわ」
「…」
「あっ、雲ってきた。そろそろ降るわよ」
「ああ、本当だ。るいの言うことはよく当たるね」
「当たり前だもの。あたし耳聞こえるんだもん。ヒデも聞こえるはずなのに聞こえないなんてヘンなの」
「そうだね。なんで俺だけ聞こえないんだろうね」
「雨の足音もそうだし、他にもいろいろ気持ちのいい音ってたくさんあるのに!」
「ふぅん、そっか…。例えば、どんな音があるんだ?」
「えっと、車のエンジン音?ぶろろって感じでさ。他にはー、そうだねー…、そうそう!星の落ちる音ってあるんだよ!分かる?」
「いや、分からないなぁ」
「なんてゆうのかな。流れ星ってとても速いじゃない?見てる間はぴゅんっ!って矢みたいに素早い音なんだけど、見えなくなってもその音が残ってて、えっと、その余韻はとってもゆるやかで穏やかで…自然に落ち着くような感じなんだ。言ってることおかしいけど、本当にそんな音」
「へぇ、そんな音あるんだ。聞けるなんて羨ましいよ」
「思い出した思い出した。まだまだあるよー。雲の流れる音!雲ってやっぱりさぁ、気まぐれなんだよねー」
「へぇ?」
「だってさぁ、大きさだけじゃなくて聞こえてくる音もばらばらなんだもん」
「ばらばら…?」
「っとねー、大きな雲だったら風に吹かれてる間、っどぉほほ〜…みたいなまぬけな感じの音で、小さな雲だったら、っぱゃああ〜…って慌てたようなせわしない音をたてているのよ。どれも微妙に違ってて耳を澄ませて聞いていると楽しいんだ」
「ふぅん。そうか。そうなんだ…。るいは青空好きだものな。気持ちよく晴れた日にいつも空を見ているのはそういうわけだったんだね。いいね。いいよなぁ。いいよ、うん。俺も、俺も…そんな音をるいと一緒に聞き、たい、よ…」
「やだ、ヒデ、どうしたの。なんで泣くの。」
るいは身体障害程度等級2級の重度ろうあ者だ。
どれほど高性能な補聴器をつけてもまったく聞こえることのない彼女は、聞こえない音を求めて、音を聞けない自分の障害を忌み嫌ってきた。
そしてある日を境に音を聴くようになった。
なんの音も聞こえず、なんの音も発することのできないはずなのに、音が聞こえたと言い、見事な手話を交えてありえないはずの音をつたない発音で懸命に表現しようとする。
雨の足音がすると言う。
星の落ちる音がすると言う。
雲の流れる音がすると言う。
実際にそんな音なんてないのは聞こえる俺が一番よく分かっている。
だけど彼女は聞こえると言う。
楽しげに語る彼女の様子を見ていると、どうやら誇張でもなんでもなく本当に聞こえているらしい。そして本当に気持ちのいい音らしい。
聞こえる俺には聞こえなくて、聞こえない彼女には聞こえるという。
それは聞こえているんじゃないのか。
だが現実にそんな音はない。だが彼女にとってその音は存在している。
ああ、分からなくなってきた。
なにが正しくて、なにが間違っているのか。
いや、そもそもなにも間違っていないし、なにも正しくないのかもしれない。
俺はうらやましい、と切実に思う。
悲しくあの子だけの、ただ独つの、音。
るい。
君の聞いている音はどんな音なんだ。
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