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2004年12月06日(月) ふたたびの闇   嵬

そう言うとロミオ(“常男”とは呼ばないわ)は、わたしの顔をじぃっと見つめた。
とびっきり優しげな、それでいて氷のような美しい微笑を浮かべて。
その顔があんまり綺麗で、わたしはヒヤリとした。
そうなの。
追いかけて来たのは心配だったからじゃない。
わたしのこと、自分の愛する人間が気にかけるに値するかどうか見極めようとしてるのね。

「ロミオ、今いくつ?」

わたしは視線を逸らし、グラスの淵を右手の人差指でなぞった。その拍子に氷がカランと音を立てた。

「僕? 二十二」

さっき「二十幾年生きてきて・・・」と言ったけど、来月三十の大台に乗るのよね、わたし。
だからどこかで焦ってた。あの恋を“結婚”というカタチに昇華させようと。
そして彼もそう思ってると信じてた・・・ぜんぜん違ってたけど。
そう・・・八つも下なの・・・若いのねぇ・・・。

「どうしてホストに?」
「うん・・・まぁなんとなく。女の子相手だったら仕事って割り切れるかな、と思って」

それってつまり・・・

「女がキライだから?」
「ううん、スキだよ? カワイイなって思ったりもする。でも恋愛感情は抱けないんだ」
「どうしてかしら?」
「どうしてだろうね?」

ロミオは肘をついた左手を軽く頬に当て、わたしの方にやや躰を開くと、首を傾げて柔らかく笑った。
首から肩にかけてのラインに、まだ幼さが残ってて・・・噛みつきたい衝動に襲われた。
ホロ酔い加減の目元が流れるようにわたしを見つめる・・・ダメ! これ以上は(何が?)。

「さ、最初見た時、どっかいいトコのサラリーマンかと思っちゃった」

心臓が早鐘のように鳴り響く。グラスを持つ手が震える。頬が熱い。
お願い。小娘みたいに緊張してること、気づかないで。

「あはは。よく言われる。これね、ジェニーさんのアドバイスなんだ」

だが彼の口からその名前が出た途端、何かがすぅ〜っと引いていった。

「僕、一年くらい前からこの世界にいるんだけど、なかなか成績あがらなくてさ。
 向いてないのかな〜。田舎に帰るしかないのかな〜って悩んでたんだ」
「へぇ。田舎どこ?」
「東北」
「そうなの? ぜんぜん見えないわ。訛ってないし」
「いや。今でも油断すると出ちゃうよ。気をつけてるけどね」

ロミオは屈託なく笑った。

「で、まぁクサクサしてた時に、たまたま寄ったのがジェニーさんとこで。
 ジェニーさん、のっけから話しやすい雰囲気持ってるでしょ? ついグチっちゃったらさ。ピシッと怒られちゃって。
“甘ったれるんじゃない”って。
 で、“そんないかにもホストって感じじゃなくて、もっときちんとしたカッコしてみなさいよ。そっちの方が絶対似合うわ“
って言ってくれたんだよね。
 で、言う通りにしたらさ、ガンガン指名がかかるようになって。これでもナンバーツーなんだよ。ワンに迫る勢いの」

その時のロミオの表情(かお)ったら!
出逢った頃を脳内でリバースしてるのね。愛惜しむように。

「ジェニーの店にはいつから?」
「半年くらい前からかな」

わたしが荒れに荒れていた頃だ。
ああ、一瞬で何もかもとろけるような出逢いがあると分かってたら、ロミオに比べりゃスッポンみたいなあの男に
いつまでも拘って、プチ引きこもりなんかならなかったわ。
神様はイジワルだ。いつもわたしだけタイミングが悪い。

「あなたはもうジェニーさんとは長いんでしょ?」
「そうね・・・長いわ。四、五年くらいにはなるかしら」

また氷がカランと崩れた。

「ジェニーが好きなのね?」
「うん」

悪びれるでも照れるでもなくロミオは即答した。花がほころぶような笑顔のオマケつきで。
いちいち印象的に笑うのね、コンチクショー。

「どこがいいの?」
「んー・・・カワイイし(えっ?! 目、大丈夫?―――千夜の声)、優しいトコかな」

ほっぺなんか上気させちゃって、ロミオったら。

「ふぅん。わたしに優しかったことなんてないのに、あのヒト」
「それはあなたが気づいてないだけだよ、きっと。
 ジェニーさんから聞いたことがあるんだ。
 いつも傷ついてて、危なっかしくって、放っとけない、妹みたいに思ってる娘がいるって。
 今夜のジェニーさん、僕が話し掛けてもずっと上の空で、あなたの方ばっかり気にしてた。
 だからピーンときたんだ。ああ、この人だって」
「それはね」

わたしの中で、ことさら意地悪な気持ちが頭をもたげてきた。

「あなたのような素敵なボーイフレンドを、わたしに見せたくなかったからよ。
 なんでかってね、わたしとジェニーはタイプが一緒なの。
 わたしがあなたにちょっかい出すんじゃないかって気が気じゃなかったのよ」
「・・・・・・」

ロミオは沈黙して、鋭いほどの眼光を湛えて、わたしを見据えた。
ああ、怒った顔もステキ。綺麗。

「あなた酷いよ。五年も付き合ってて、ジェニーさんのこと全然わかってない!」
そう言うと、ロミオはカウンターに、明らかにわたしの分までとわかるだけのお金を置いて席を立った。

「がっかりだよ。ジェニーさんが大切に思ってる人が、こんな人だったなんて」

まるで風が通り過ぎるように、わたしの横をすり抜けて、ロミオは店を出て行った。

あ〜あ、フラれちゃった。最短記録更新。
てゆうか、もともと入り込むスキなんてこれっぽっちも無かったけど。
だってロミオはあっち側の人。どんなに頑張ったって奇蹟の起こりようがない。
手元に残ったロミオの名刺を眺めた。
とことん嫌な人間に成り下がって、恋人は無理でも、友達になれるかもしれない可能性さえ摘んでしまったわね。
こんなわたしに明るい明日はやって来るのかしら・・・。


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