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2004年11月24日(水) 淵   嵬

それにしても、見れば見るほど美しい。
“経験”という名の垢にまみれ、今夜一晩だけを取っても、いろんな感情が渦巻いて悶々としている人間の眼には
眩しいくらいだ。
ヒゲもニキビも知らないような白くて滑らかな肌。
通った鼻筋。長い睫毛。カタチのいい唇。
何より、やや憂いを湛えたような瞳―――もう完璧。
スレンダーな躰に纏ったスーツは上等そうで、中に合わせたシャツとネクタイが互いの色を引き立て合っている。
センスがいいのね。
きっといい会社(トコ)に勤めておいでなのだろう。もうオーラからして、こんな店に出入りする客とは明らかに違う。
そんな仔猫が、一体全体なにを間違って、こんな場所に迷い込んで来たのだろう?
そしてなぜ対極に位置するかのような駄猫に恋をしてしまったのか?
不思議だ。不思議すぎて眩暈がする。今頃安い酒が回ってきたのかしら・・・。

他にわたししかいないカウンターに、ふたつほど席を空けて、わたしの右側についた彼の声が頭に響いた。
残念。その声じゃダメよ。
ベタベタした喋り方もイマイチ。
煙草を咥える仕種も、まだまだ青い。
香水だって、あのアイドルがつけてるのと同じ。
そうよ。まだコドモだわ。
だけど・・・・・・
その憂いの瞳にジェニー姉さんだけを映し、嬉々としてお喋りを繰り出す彼の表情が、なんだか悔しいのよ。
今、出会ったばかりの、一言おざなりな挨拶を交わしただけの青年に、わたしの五感すべてが向かって行ってる
この状態が悔しいの。
失恋して間もないのに。
その傷も完全に癒えてはいなかったはずなのに。
恋の始まりはいつも突然・・・なんてね。
こんな手垢のついた文章を頭に思い浮かべてるウチは、わたしもまだまだ三流だわ。

それにしても彼はジェニー姉さんの、一体どんなところを好きになったのだろう?
聞きたい。どうしても。
でも聞けない。
きっとジェニー姉さんは、わたしの秋波を敏感に察知し、わたしが瞬時にして彼に惹かれたことに気づいてる。
ううん。きっとずっと以前から判ってた。
だからさっき、あんなに時間を気にしたのよね。
さっさと追っ払おうとしたのよね。
幸いにして一度も取り合い沙汰になったことはないけど、わたしとジェニー姉さんのタイプは、
笑っちゃうほどリンクしてるもの。
だけど違うのは、わたしがそのテの類に全くモテないのに対し、彼女は結構な打率でモノにしてるってこと。
なんでわたしじゃなくアレな訳?と思うと、腹立たしいこともあったけど、別に深刻じゃなかったし、
笑って流せるようなことだった。
これまでは。
でも今回は違う。
それくらい彼は、わたしのストライクゾーンど真ん中だった。

出逢った順番とか、どんな馴れ初めか、とか、そんなことは吹っ飛んでいた。
なぜいつもジェニー姉さんなの?
わたしだって同じタイプが好きなのに。
好いてもらえるよう努力したこともあるのに。
なんでわたしじゃダメなのよ?!
ああ。ジェニー姉さんの勝ち誇った笑い顔が見えるようだわ。
もしわたしが何でもないフリを装って、あんなことやこんなことを根掘り葉掘り聞いたりしたら、
ジェニー姉さんは全て見通してしまうだろう。そこにどんな感情が込められているか。
そんな不様なマネ、したくない。
だから聞かない。
聞いてなんてやるものか、絶対。
ジェニー姉さんの“お手つき”なんて、こっちから願い下げなのよ。

ああ。今夜はいつにも増してサイテー。
くだらない自尊心に侵食されて吐き気がしてきた。
正気を保ったまま家に帰れるかしら?
と、突っ伏してしまいそうになったわたしを、ふわりと柔らかい空気が包んだ。
「あの・・・大丈夫ですか?」
朦朧としながら顔を上げると、今夜見つけたわたしのナルキッソスが、心配そうに覗き込んでいた。


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