| 2004年08月14日(土) |
神様は・・自分の内側に最初から・・(貴方の仰るとおりです・・) |
AYA先生 もう8月も後半ですね。 残暑厳しい毎日ですが、お元気でお過ごしでしょうか。 (省略) 御祈祷のご様子、御先祖様のご様子を、 自分で感じられたらと思うのですが、あんまり自分ではよくわかりません。 でも、『御先祖様、ありがとうございます』 と心の中だけでなく、声に出して言ってみると、 そのあとに、ほわあ〜っと全身の細胞が安らいでいくような 感覚を覚えました。
夢は毎日のように見ます。 御念珠がちぎれる夢は何度も見ました。 12日頃には、お皿を洗っている時に御念珠がちぎれて、 洗剤の泡の中にポトポトと念珠の珠が落ちていく夢でした。 その落ちていく様は、美しいといえる程でした。 それからその原因を探ろうと部屋の周囲を見渡すと、 ちょうどキッチンの私の足元に死体が横たわっているのが透視 して見えたので、それが原因だと思った夢です。 まるで自分にショックを与えようとしているかのような夢をよく見ます。 でもこれは、以前、禁煙に成功したのですが、 それ以来、ついタバコを吸ってしまって 『あっ、しまった!!これで今までの努力が水の泡だ』 とうろたえる夢を何度も見るようになったのと似ているのかなと思います。 夢でよかったと心からほっとし、 現実にはうまくいっていると再確認するんです。
前回の塩、酒、米の件では、 私の言動は、霊界と密接に関係しあっているということを 目の当たりにすることが出来たという点でも、 自分にとっての大きな学びだったと思います。 ということは、高次元の大いなる存在に波長を合わせる努力が必要 ということなのだと思っていました。 でも、そう考えることは、 自分と大いなる存在との間にある距離を意識してしまい、 自分はほんとに全然ダメだな〜と卑下してしまい逆効果だったみたいです。
心の使い方って難しいですね。 純粋に正しくありたいと思っていても、 心の使い方を間違えてしまったら、求める結果は得られないみたいです。
昨日も寝つけず嫌な気分だったので、 神様に『ありがとうございます』と何度も言ってみました。 お礼を言ううちに、 もうすでに私は得たいと思っていたものを、 神様に与えていただいているのだという気持ちになり、 神様はとても遠いところにいらっしゃるのではなく、 自分の内側に最初から存在しているのだと思えてきて、 すこし気持ちが落ち着きました。
まずは、自分を責めることはやめようと思います。 自分の中の大いなる存在に敬意を持ちたいと思います。
まとまりがなくて、ごめんなさい。 自分でも考えがまとまっていないので、 こんなふうになってしましました。 たぶん、もやもやした状態から、 すっきりと霧の晴れた状態になりたいのだと思います。 ありがとうございます。
貴方からのご報告、拝見致しました。 (省略) それから、今回の貴方のお言葉・・ 「お礼を言ううちに、 もうすでに私は得たいと思っていたものを、 神様に与えていただいているのだという気持ちになり、 神様はとても遠いところにいらっしゃるのではなく、 自分の内側に最初から存在しているのだと思えてきて、 すこし気持ちが落ち着きました。」
貴方の仰るとおりです。その通りです。 そのなのです。神仏は遠くに存在しているのではなく、 常に私たちの心の中・・内なる世界にいらっしゃる・・
ご自分を責めてはなりません。 自分自身を責め、けなす事は神仏を軽視する事になります。 そして、 御先祖様への貴方の思いきっと御先祖様へと届けられます。
少しずつ、雲の切れ間から光が差してきます。 晴れない日はありません。太陽の無い朝はありません。 太陽の無い、一日はこれまで一度もありません。
必ず、光が届きます。 貴方のお念珠の寿命が切れる夢は、 貴方の心を不安定にしたいとするものの悪戯です。 そんな事に、心を動かされてはいけません。 貴方は、前の貴方ではないのですから。
又、ご報告をお待ちしています。
−AYA−
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