ありさかニキ
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2005年02月25日(金) 太陽みたいなほっぺたのー、


みっくすおれんじ仲間いりー。

時間もナイのにこうしてニキに向かっているという事は、つまりそれほど伝えたい事があるのだと思っていただければ幸いです。
どうもこんばんわ。有坂・フルーチェ・あさぎです。
もともとわたしは「世界で一番好きなデザートはなんですか?」と聞かれたら、ショートケーキとかなり迷ってそれでも最終的には「フルーチェ」とうっかり答えてしまいそうになるほどのフルーチェストです。フルーチェが大好きな人という意味です。
ちょっと前からミックスオレンジのCMがやっていますよね。CMとか放送とかについてあまり詳しいほうではないので、関東圏以外でも同じのがやっているかどうかはわかんないのですが(CMはずっと全国共通で流してるものだとばかり思っていたら実はそうでもないことを愛エッチで知った19の夏でした。…夏だっけ)
で。

「はうす、フルーチェ♪」

だ、誰がうたってるんだろう・・・!!!!!!!!???????(卒倒)

ご存知の通りわたしはこれでいてカナリの声フェチでして。
フェチーというか、あれですよ、ツボ声を聞くともうそれだけでドキドキメロメロなんですよ。フルーチェみたいなありえなく可愛い少年の声にももちろん一撃ズキュンですが、セクシーな男の人の声もやばいです。ASHなんてもう、息遣いだけで心臓止まります(病気、笑)
そうでなくてもあれです、フルーチェ。
ひと箱にはきっちり4人分と明記されてるんですが、わたしの場合は一回であれひと箱いただきます。ひとりで。ええ。ええ。あんなの余裕ですよ。
わたしはとにかく大きい物が好きで、まくらもスプーンもクッションもマグカップも、必ずと言っていいほど通常よりひとまわり大きいものを選びます。スプーンなんて軽く口に入らないときも(笑)友達の誕生日にも超巨大なクッションを学校帰りにプレゼントしたりして、「あたしが持って帰るのカヨ!」とたいそう迷惑がられました(いい思い出です、笑)
そんなわけで大好きなフルーチェを大好きなビッグサイズで。
大きなボールに入れて作って、例の大きなスプーンでおなかいっぱい食べます。主材料も牛乳だし、太るというか健康になるんじゃないって身勝手な判断です。いえ、いいのです、わたしの辞書にカロリーという言葉は存在しません。
とにかくそういうわけで、今フルーチェ熱が再再再再再再くらいの勢いでブームです。しかもあの激プリCMの最後の方にミックスオレンジのなんかをプレゼントキャンペーン!みたいな、消えるの早すぎてよく読み取れなかったけど、あの愛すべきフルーチェくんたちのぬいぐるみがもしかしたら抽選でもらえるかもしれないという事で。

え。
今日買い物に行くママに思わず2000円をキャッシュで手渡しました。
「フルーチェ買えるだけ買って来てw」
さぞや頭の弱い娘だと思われたことでしょう。けどママはもうわたしがどれほどのフルーチェストかよくよくよくよくよくご存知なので気にしないです。

それよりも今からみんなでフルーチェストになりませんか?
そしてミックスオレンジに応募してあの激マブイおれんじくんの抽選に参加しませんか?
・・・・もし当たったら有坂に1億でゆずってください(高価!








友達がむかし14歳のコとえっちしたら、その子はすでにバリバリに開発済みだったそうです(いきなり唐突にすみません。
これは今までいろんなところを引っ越したわたしだからいえる私見かもしれませんが、あれだよね、都会のコより田舎のコの方がどう考えてもエロイですよね。
その友達と14歳のギャルはともに広島だったんですが、「初デートはいつ?」という話になったとき、わたしは中3だったんですが、その人はなんと小6だったんですね。
で。
「早!」
ってひとことわたしが言ったら、そう?ってあっさり返されました。そして全然ふつうだよ。と。…広島の小学生はデートをするのか。小6でデートは「普通」らしいですね。そして彼らの観点でいくと中2でチューは普通、高校でエッチは普通。
高校のエッチは普通だとおもうけど(高校のエッチが普通になるような時代になってしまったのですね!)中2のチューもかろうじてまだわかるとして(中学生のチューが普通になるような時代になってしまったのね!)でもやっぱりカルチャーショックだったのがこの「小6でデート」。
わたしは小学校を4コとか5コとか行ってるのですが、まあそのうちふたつはアメリカだったので(普通のと日本語学校とふたつ通ってたのですよ)しかも小学校1年とかの話だからまったくかんけいないとして、3年生までを千葉の昭南町で、6年生の夏までを東京の練馬で、そして6年の最後を青森で過ごしたわけですけれども。
東京の小学校ではエロイ話をカケラも知りませんでした。本当に。休み時間には毎時間かならず男女一緒に(といってもまあ一部グループでしたけど)校庭でドッヂとかサッカーとかSケンとか、学校終わったら官舎の友達とでっかいゴミ捨て場でエンふみ、わたしはとくに始終男の子と一緒にたわむれていましたが、そのわたしでさえ、そういう「大人」な会話・行為はいっさいなく。女の子たちとつるんでばっかだった子たちなんて当然わたしたち以上にそんなのあるはずなくて。
もちろん5年生6年生になってそれなりに誰がスキーあれがスキーとかそういう話はありましたけどね。
けどまずうちらのクラスでは「告白をする」ということ事態が非常にマレで。みんなスキスキって思ってるだけで絶対に口には出さなかったな。クラスの中ではあいつがあいつをすきだっていうのほとんどみんな知ってるのに、いやほとんどみんな知ってるからこそ、かな。誰も告白とかしてなかった気がする。
とにかくクラスでカケラもそういう話が出ないんですよ。
あの頃は告白して両想いになってもその後どうするのって感じで。付き合うっていうのがどういうことかわからなくて。事実わたしも両想いになったことはありましたが、その後結局何もせずいつも通りで終わりましたし。
男の子がエロ本読むなんて知らなかったし。
そもそもエロ本というものがこの世に存在してる事すら知らなかったし。



東京の学校はそんなカンジでしたが、そこからいきなり青森に引越して、もうもうびっくりしたですよ。
青森では小学校はもうご存知の通り悲惨な学校でしたけど、わたしその頃おねえちゃんと一緒に塾に行っていてね。そこの友達と非常に仲が良かったんだけどね。
小学6年生だけど塾だから、英語の勉強とかを先取りするわけです。
今でも忘れない、K太郎の衝撃発言。

「コンマを逆に読むとー?」

信じられないことにわたしこの質問に真顔で答えていました(笑)
もうーびっくりしたのしないのって!東京では「えっちすけっちわんたっち」という謎のフレーズでしか知らなかった「えっち」という言葉の本当の意味を教えてもらったのは青森でだし。ていうかK太郎がその後すごい喜んで教えてくれたんだけど。
東京ってもっとすごい進んでるのかと思ったよー、なんていわれて。
その時にはじめて都会と田舎のギャップを感じましたね。
青森では中学に入ってもけっこうすごくて、塾の友達とは中学も一緒で、クラスは違うのに一緒の部活に入ったり、相変わらず仲良い関係は続いていたんだけど、うちのクラスは相当のナンパが集まったキワものクラスだったみたいで(中1ですけど!)、例えば体育のときとか平気でブルマおろそうとしてくるしふとももさわってくるし、着替えは覗くは露出はするわ。
わたしは転校生で、塾の友達もいたから(ひとりだけ同じクラスで)わりとすぐにクラスに溶けていて、こんな性格だし、なぜか運動も勉強もできたほうで(というかクラストップで、笑)気付くとクラスの中心的なポジションだったのね。
それで目立つからよくそういうナンパくんたちにもターゲットにされてたんだけど。
休み時間後ろからいきなり飛びついてきて「結婚しようぜぇ」とか。
美術の時間に手をにぎってきて「放課後体育倉庫でしよう」とか。
後ろの黒板に「キスしたい」って書かれてたりとか。
まあもちろん全部ネタで、わたしも間に受けないで笑って流すタイプだったからこういうふうになってったんだと思うんだけど、でもそれよりもなによりも、東京の「あの」学校から転校してきたわたしにはこの空気が本当に新鮮で。新鮮でっていうか本当にありえなく驚いていて。
だって何度も言うけど「中1」ですよ。体育倉庫でしようってアンタ中1ですよ。事実ナンパくんたち(うちのクラスだけで4人はいた)中1も半ば頃になって早々にチェリーを捨てたらしいし。わたしはあいにく夏休みにまた転勤したから風の噂で聞いただけだけど。
でもまあいい学校だったしいいクラスだったんだけどね。
転勤するときなんか最後の日にクラスでお別れ会を開いてくれてね。なんとあのナンパたちの提案で。クラス全員が書いた手紙を大きな袋に入れてプレゼントしてくれたんだけど、その手紙って言うのがまたすごい。今度やろうとか一度キスしたかったとか、美人ですねとか今度やろうとか(いつか会ったときぜひ一度相手してくださいっていうのが非常に多かった、笑)
何度も言うけど中1ですよ。


ちなみにそのクラスで塾から一緒だったひとりの男の子がいたでしょ。出席番号が同じで(彼がナ行わたしがハ行)席も隣で、クラスではナンパ予備軍みたいなポジションだったんだけど、引っ越す時彼に告白されたのね。
わたしも大好きだったからありがとうって言って。
でもナンパ予備軍のくせに一対一だとシャイなのか、結局両想いになってそれで何もなく終わったんだけど。
そんな彼も中2の頃にやっぱり早々にチェリーを捨てたそうです(哀)




思えば千葉の学校もちょっとエッティな感じでした。

小学校2年とか3年とかそのくらいだったんだけど、東京の時と同じく男女の仲がすごい良くてね。良くてねっていうか、学校いくのに徒歩1時間以上かかるようなところだったから集団登校・集団下校っていうのが毎日あって、それだけ一緒にいればイヤでも仲良くなるでしょうってやつで。
たしかに仲良くはあったんだけど、でも東京のときの仲良さとまるきり同じかっていうとそうでもなかったんだよね。
うまく言えないんだけどなんていうか、東京の頃は男とか女とか関係ナシにとりあえず「友達ィ!」って感じの仲良さだったけど、千葉ではなんというか男の子・女の子として仲が良かった気がする。…いや3年生ですけれどもね。
「ねこのて山」っていう、草原?ていうか、丘?みたいな、とにかく芝生で、ただ広いだけの空き地があってね。いつもそこで遊んでたんだけど。
いつだったかクラスの男子が女の子のスカートめくりをするために女子を呼んでいた時期があって。今考えるとスゴイよねこれ。わたしも「今からスカートめくりされに行くから、スカートはいてねこのて山行こう」って友達に誘われた時はハァって思ったけど。けどまああいにくと風邪をひいていてそれには行かなかったんだけど。
けどあれにはまじでびびった。その前はアメリカの学校にいたけどもちろんそんなのなかったしね(アタリマエ)まあどっちかっていうと女子たちが喜んで出て行った方に軽く衝撃だったんだけど。
3年生の頃は女ふたり男ふたりの4人組でわたしたちはとても仲が良くて。
帰りは4人でいつも帰ってたんだけどね。でももうひとりの女の子が病気がちですぐに風邪をひいちゃう子で。スカートめくりの一件いらい3人で帰ってると楽しかったんだけど楽しかったんだけど楽しかったんだけど、どうにもドキドキしちゃったり。

 小 学 3 年 生 な ん だ け ど ね ?




いやー東京の学校はつくづく平和でした。

青森から引っ越した先はまたしても東京の中学だったんだけど、あまりに平和でちょっと拍子抜けしてしまうくらい。相変わらず告白なんてドキドキなことないし、両想いとかデートとかって何?みたいな。





東京がスゴイのは本当に一部の子だけで。

実際の東京はぜんぜんマイペースでゆるやか。わたしが見た限りですけどね。東京から離れていけばいくほど若者はエロくなっていってる気がします。




そういえばずいぶん話が飛んだけど、その広島の14歳の子。
初体験が11歳で、お相手は高校生だとか言ってたっけ。






は?






いやーすごい世界ですねっ。









こういうすごい世界についてもっと語りたかったんだけどすでにバイトに遅刻です(笑)
ウェブ拍手れすもしたかったのですがちょっと待ってね、いやいや、ていうか全体的にあらゆる場面でちょっと待ってくださいね。いや本当に本を読みすぎです。読んでる間は何もできませんよ。んんんんんんこわい本なんだけどねっ。ドキドキ!!!!!!






そしてファンタジー☆(まだ言ってる。


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