三日坊主日記
瑞樹 美霧

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■ 今日は水曜日

 友人との待ち合わせは今日はないけど、定時過ぎに上がって来た。
 真っ直ぐ地元に戻って来てソッコー整骨院。
 全身がっちがちなのに整骨院のせんせーも「あー、これは……」。
 ここまでになっちゃうと、もう凝りとかが判らなくなるんだよねー、なんて言ったらば「でしょうねぇ」。

 いやー、余りの酷さに整骨院での器械とか施術、2巡したい位だわ。



 さて、TVを観ながら何契機だったのか、……あ、聖教新聞のCMからか。おかんと宗教の話になり。
 流れで確かおかんが勉強会に行ってる某宗教の話に成って。
「書いてはる本とか読んだら、成程な、って思うねん(だから凄い、的な?)」
 とか何とかペラペラ喋りだし、某宗教には何のときめきも素晴らしさも感じない私としては、
「おかんがエエんやったらエエやん。人に押し付けとかせんと自分がそれが良いって言うんならそれで」
「本とか読んだら判るねん。読んでみてから言いや!」
 とか言われ。読んだことある身としては『何抜かしとんねん』っちゅー話で。
「読んだよ。宗教とか知らん頃から読んでたよ(←オカルトとしてだが。苦笑)。知ってからも経典みたいなやつ読んだし。読んで『面白くない』『しょうもない』って思ったから言ってんねん。色んな宗教のいいトコ取りしかしてない」
「なんでぇや、宗教なんて元々同じもんで、それが分かれてるんや。ええトコ取りで正解やんか」
「『宗教は1つの考え方の捉え違い』って言う話は同感やけど、それとこの宗教のやり方は違う」
「アンタあんだけ色んな宗教の本とか読んでんねんから、(この宗教の本も)もっと読んだらええねん。ほんなら判るわ」
「(色んな宗教の本)読んでるから言ってんねやんか。『ええトコ取り(=つぎはぎ)や』って。だからしょうもないって」
「アンタあんだけ色んな宗教に対して寛容やのに、何でここだけそんなんやねんな。変な拘り持ってんちゃうん? 変な嫌悪感みたいなん持ってる」

 ……いい加減にしてくれ……(溜息)。

「だから、おかんがエエんやったらそれでエエやん。人に押し付けんと自分だけやっとったらエエねん。別にそれに対して何も言ってへんやろが」
「別に押し付けたりせぇへん」

 ……いや、十分してるだろ? その上人の宗教観にまで突っ込んで来そうなイキオイで。

 晩飯食った後母子でプチ宗教論争? それも実りのない……(苦笑)。
 ま、流石に『おかんがエエんやったらそれでエエやんか。人に押し付けんな。私はしょうもないと思っただけや』と言った所でおかんも黙ったが。



 まあな、私基本的に余り新興宗教は好きじゃないからなぁ。それは認めるよ。
 色んな宗教の本読んでる私からすれば、某宗教の教祖様が仰ってることなんて今更な事なんだよ。
 おまけに私観だけど某宗教はホントに昔からある色んな宗教のおいしい所だけを引っ張ってきていて繋いでいるだけに過ぎない所があって。
 要するに神様も仏様もごちゃ混ぜにして同じ俎の上に載せてる訳だね。んで、ここのこの身は美味しいから皿に盛って、他は捨てる。こっちはここが美味しいから皿に盛って、って感じ。
 個別の宗教として本を読んだりしている身としては、胡散臭いことこの上ない。勿論小・中・高の頃読んでいた某宗教教祖様の本はオカルト的読み物として楽しんでいたから尚更だよ。
 個別の宗教として本を読んで、『結局皆同じことを言ってるんだよね。でも其の捉え方・捉える場所が違うから個別になっただけで』という観点に立つことになった私からすれば、某宗教の説教の仕方は納得出来ないし。

 別にどの宗教を信心している訳でもない私(下手したら私にとっては雑学)と、信心している訳ではないけど、某宗教に感銘を受けているおかんですらこれだけ観点が違って論争になんなんとするんだから、そりゃあ世間一般で信心している宗教が違う人同士が同じ場所に立っても意思の疎通は難しいよね(遠い目)。

 と何か別の意味で考えさせられた宗教問題(苦笑)。

2012年12月26日(水)
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