| 2008年11月20日(木) |
「法界坊」@平成中村座 |
楽しいですねー、歌舞伎。昨日観てまいりました。
なんと言っても、江戸時代の芝居小屋を再現、というのが素敵。
浅草・浅草寺の境内に建てられた「中村座」に入るまでには、雷門のでっかい提灯の下をくぐり、
仲見世をひやかし、本堂でお参りして、お守りやおみくじなんかも見たりして、
そしていよいよお芝居なのよ! みたいな、江戸の庶民がつかの間の娯楽を楽しむルートを、
そのまんまなぞったような気分でした。
やっぱり花のお江戸は凄いね!
小屋の中の売店では、お役者衆のお写真などもいっぱい売られていたり。 Jヲタとしては壁一面に番号付のお写真が張られている光景には慣れ親しんでおりますが、
歌舞伎ではあまり見たことなかったので新鮮でしたわ。
ま、江戸時代にお写真はなかっただろうけど。
あと面白かったのは、先月の出し物が「忠臣蔵」だったそうで、それにちなんで
出演者全員が自筆で血判状のようにお名前を書かれていたものが、巻物風の装丁で飾られていましたの。
勘三郎の力強い筆遣いは見事だったのだけど、たまーに小学生?みたいな筆跡があったりして、
それが「中村七之助」だったりして、そこは親のようなお年頃のお客様方に「七之助はまだまだだな」とか
評されていらっしゃいました。
でもそんな七之助演じる、美しいけど世間知らずなお姫様は、すごーく素敵でしたわ。
一座の皆さんは相変わらず最高に魅力的でいらっしゃいましたよ。
ストーリーは基本的には喜劇なのだけど、結構残酷で破滅的な結末にもなっていたり。
笑える部分のセリフや動きは、みんなアドリブじゃないかと思うくらい自由に見えるのだけど、
パンフによると、稽古場でやったこと以外は一切やっていないのですって。
パンフでの勘太郎の説明によりますと、人と人との会話では、相手が何を言うかはその瞬間にならないと
わからないのがあたりまえ。だから舞台でのやりとりでも、今初めて聞いた言葉に対して、
自分自身の言葉で答えるつもりで、と、小さい時からお父さんに叩き込まれてきたのだそうです。
そういう心構えでいれば、どんな芝居もアドリブに見えるのがあたりまえ、なのだそうですよ。
歌舞伎の演目なんて、もう何百回も何千回も演じられてきて、これほどいい意味でのマンネリも
なかろうと思うのに、それでも見るたびに活き活きと新鮮に感じられるのは、
役者さんたちのこういうしっかりした心構えと努力によるものなのだなー、と。
それにしても、中村勘三郎氏は、いつ観ても本当に楽しそうでいらっしゃる。
歌舞伎が好きで好きで仕方がない、お客に喜んでもらえるのが楽しくて嬉しくて仕方がない、
っていう気持ちが常に全身からほとばしっている感じですよ。
この方だけに限らず、中村座のみなさん全員に感じられることではあるのですけどね。
でもやっぱり勘三郎氏が群を抜いていて、観てると本当に元気になれます。
あまりにエネルギッシュすぎてアホにしか見えなかろうと(勘三郎氏はアホではないが)、
自分が勝負すべき場所で、つねに元気で楽しそうでいる人は、それだけで凄い人だと思います。
もはや人生の達人でいらっしゃるのだろうな。
|