せらび
c'est la vie
目次昨日翌日
みぃ


2005年11月29日(火) サボっていた分を取り戻すべく書き散らす

またしても日記からご無沙汰。ここ数日は水星が逆行中の所為か、特に大きな問題も無く、割合静かに暮らしている。

だのに何故、日記を書けずにいたのかと言うと、実はそういう訳で本業関係の作業が大幅に遅れてしまっているので、それを取り戻すべく日々勉励している所為である。

好い加減ボスから匙を投げられるのではないかと恐れつつ、また来週には友人が仕事で大陸の反対岸の街までやって来るので、それに合わせてワタシも一っ飛びしてヴァケーション!という心積もりで居るので、それまでに粗方の作業を終えてボス様に目を通して貰っておこうという算段なのである。

お陰で、大変慌しい今日この頃である。


あんまり日記とご無沙汰するから、折角色々な事があったのにすっかり忘れてしまいそうである。何の為の日記なのか、分かりゃしない。

ええと、先ず、ここ一二ヶ月の間ワタシを煩わせていた例の馬鹿女非常識な音楽家女性の件だが、ワタシがどうこうと言うまでも無く、他の同僚らも一様にこの女の非常識な言動に呆れ返っていた模様で、来る二月に大々的にやろうとしていたイベントについては大幅に「ダウンサイズ」して、我が団体でいつもやっている小ぢんまりした規模でやろうという事で、目出度く意見が一致した。

立場上どうしてもワタシが口を出す機会が多くなってしまうので、それを「ワタシ」がこう言ったからとか「ワタシ」が駄目だと言ったから(厳密には「駄目だ」とは言っていないのだけれども、彼女は「例えばこういうやり方もありますよ」と言ったのを自分のやり方では「駄目だ」と言われたと勝手に勘違いしてしまうから厄介である)、などの様に個人的に捉えられてしまうのは、代表者として全体の利益を最優先に考えて決断しているワタシの意に反するのだが、しかし彼女のそうした精神・性格上の諸問題についても既に他の人々の知るところであったので、ワタシがあれやこれやと気を回さないでも良い事が分かって、ほっと一安心である。

しかし、元々ボスがこの女性と「友人関係」にある所為で(と言っても、双方共に相手の母国語が殆ど出来ないので、どうやって「友人関係」を維持するに値するコミュニケーションを取っているのかは不明だが)、まるで今回の件ではワタシが彼女の友人と喧嘩でもしたかのように捕えられている伏しがあって、ワタシとしては多少遣り難い事には違いない。

それきりボスが直接ワタシに連絡を寄こさなくなってしまった点については、気の所為だと良いと思う。

明日辺り、ご機嫌伺いに一寸彼女のオフィスを訪ねてみようかとも思っている。しかし彼女から直接金を貰って働いている訳でも無いのに、こういった人間関係上の不都合などは理不尽極まりないと思う。



さて、そんな陰気な話はさて置いて、もう二晩も寝ると、待ちに待った新月である。そして四晩もすると、逆行中の水星が順行に戻るのである。

本当は今直ぐにでも来週の渡航に備えて飛行機と宿の手配をしてしまいたいところなのだが、そういう訳でここ二三日はじっと我慢の子である。

特に今日辺りは、昼飯を買いに行った先で散々待たされ続けたので、危うく店の売り子に怒鳴りつけそうになってしまったくらいである。

別の売り子がやって来て、不機嫌そうなワタシの顔を見ながら平謝りするので、漸くワタシは我に却ってこの星回りの事情に思い至ったから良かった。しかしあれは「ファストフード屋」の癖に全然「ファスト」で無かったのだから、あのままワタシが怒鳴っていたとしても可笑しい事なんかちっとも無かっただろう。

大体急いでいるから「ファストフード屋」に行ったのに、あれじゃ何の為の不味い飯屋だか知れやしない。

その後も何だったか、えらい待たされたような記憶がある。何だったっけか。

おお、そういえば久し振りに通常の歯医者の予約に行ったのにまんまと「ダブルブッキング」されていて、担当の「学生ドクター」嬢は年内空きが無いとの事で、結局来年早々まで予約が伸ばされてしまったのだった。あれは飛んだ無駄足であった。

歯列矯正中で歯が動きつつあって、段々と隙間が広がって来たのだが、そうしたらそこにあった虫歯が良く見えるようになって来たのである。窮屈に詰まっていた頃と比べたら治療もし易いから、今がチャンスである。

それに「インヴィザライン」というやつを使っていると普段唾液が歯に行き渡らないので、普通のブレイスや何も器具を付けていない状態と比べると、数倍虫歯が進行し易いのである。見つけたら早い所治療しないと、みるみる成長してしまう。

しかしまぁそういう訳なので、とりあえずはフロライド入りの歯磨き粉でもってせっせと歯磨きをして、フロスもきちんと隅から隅までやって、食べ残しを徹底的に取り除いた上にフロライドで歯をコートするという以外に遣り様は無いだろう。

フロライドだって、矯正中だからこそ仕方が無いと腹を括って使っているけれども、本来のワタシなら出来るだけ近寄りたくない化学物質ではある。



ところで今回の旅行は、この国ではふたつの大型休暇の合間にあって、何処も彼処も料金が「高め設定」である。

先週半ばには所謂「秋の収穫を与えてくださって神様仏様イエス様に母なる大地様有難う」という休暇があった。

これは恒例で毎年木曜日という事に決まっているので、その週は「大型連休」となり、家族団らんの「七面鳥料理」の為の「民族大移動」が行われる。これは宗教とは直接関係の無い祭りなので、国民的祝日として恐らく殆どの人々がこの行事に参加したと思われる。

ワタシは例によって街のスープキッチンで食事を提供するヴォランティア活動に出掛けたので、いつもの週末と大差無いものだったが、しかしワタシたちは「おこぼれ」に与れなかったので、その点は一寸残念であった。来るクリスマスには、是非ともヴォランティアにも「おこぼれ」を出すというスープキッチンや教会などを探して出掛けて行こうと思う。


しかし土曜にいつものスープキッチンにヴォランティアしに行ったら、その日のスープはワタシの好きな麦と椎茸の入った具沢山のスープで、しかも沢山作ったらしく余りが出てしまったので、漸くワタシは「おこぼれ」に与る事が出来た。

あんまり美味しいから、幾つかのカップに入れて貰って持って帰って来たのだが、家へ帰った頃に既に出来上がった食べ物がある、というのは、何と心躍る感覚だろう。

勿論そんな調子だから、そのスープは二日程で綺麗に食べ尽くされてしまった訳だが、しかしこうして寒い季節に早足で帰宅の途に着きながら、しかし帰れば美味しいご飯が待っている!と心密かに思うのは、素晴らしいインセンティブである。

思わず「スロークッカー」と呼ばれている「電気釜」の購入を検討する。

タイマー付きのこの調理器具は、スープだとかシチューだとかをじっくり煮込むのに最適で、朝材料を仕掛けてスイッチを入れて出掛けると、帰宅する頃には美味しいのが出来上がっているという仕組みで、忙しい職業婦人などに重宝されている。

出来るだけ余計な電化製品は持たない事にしようと決めた筈なのだが、やはり手軽さにそそられる。



先日漸く初雪が舞い降りたこの界隈だが、ここ数日は暖かさが戻って来て「小春日和」である。今日などは袖無しの下着の上に薄手のセーターを着て、更にキルトジャケットで出たら、暑いくらいであった。

休暇の季節だという事が中々信じられないのは、この異様な暖かさの所為でもあろう。お陰で作業が滞っていた事もすっかり忘れていて、「休暇」の声を聞いて俄かに焦り始めるワタシである。きっと巷の人々も皆そうなのだろう。


ワタシはクリスマスを祝う人間では無いので、だからその為のショッピングに行く必要が無いから良いようなものの、そうでない人々は連日大きな袋を幾つも抱えて街中走り回っている。

これはその民にとってはもう「義務」のようなもので、ワタシなどはそんな下らない物をあげる位ならそういう儀礼的な「プレゼント交換」は一切止めにして、本当にあげたい物が見つかった時に何やらの言い訳を作り上げて差し上げたら良いのに、などと思って見ている。

人の家に招かれたりなどしてその様子を見ていると明らかなのだが、意外と貰った方は喜んでいない場合も多い。あげる方も心得ていて、ひとつの品物で気に入らなかったら不都合だからと、幾つか用意している事も多く、しかしその「数打ちゃ当たる」が当たらなかった場合は、双方共に気の毒である。

ワタシなどのような「飛び入り参加者」の為に急遽用意されたものなどは、明らかに有り合わせを見繕って包んだような物ばかりなので、当然大した代物では無いから、特別喜ばしい事は無い。だったらくれなくても良いのに、と喉元まで出掛かるが、ひとりだけ何も貰えなかったら居心地が悪かろうという配慮なので、そこはぐっと堪える。

何時だったかに頂いたワイングラスとチーズやクラッカーなどが木箱に詰め合わされたセットというやつは、如何にもちゃちな絵柄の付いた縁がざらざらの悪質なグラスに、大変不味い「つまみ」で閉口した。

そんなだから、休暇後には早速それらの「余り有難く無い贈物」を返品・交換する人で、街はまた賑う。再び街は「モノ」で埋もれる。この何という悪習。


更にこの国の人々は、高々「他人の誕生日」を祝う位の事で、毎年毎に木を切り倒して来ては飾りを括り付けるのだから、何とも勿体無い話である。

勿論市当局が回収して、それらの使い終わった「もみの木」をチップ状態にして、コンポストなどの「足し」にするのだが、ワタシなどはそんな事をして更にエネルギィの無駄遣いをするのは馬鹿げていると憤慨する。

つくづく、無駄遣いの多い国である。



そういう訳で、今年は暖房用の油が高騰している。自業自得ではあるのだが、だからテレビなどでも暖房費節約についての特集を組んだりしていて、一寸ばかり切羽詰った感がある。

その関連なのか、このあいだは「ちっさな家」の事がテレビに出ていた。所謂「モーターホーム」として車の後ろに牽引して運べるようになっているのだが、作りはパイン材などの立派な「ログ・ハウス」である。

元々ワタシは「四畳半一間」だとかちっさなログ・ハウスだとかの小ぢんまりとした住処でちんまり暮らしたいと夢見ていたので、これには食い入るように見入ってしまった。放送ではほんの数分間でしか無かったが、これは正にワタシが求めている「夢の住まい」である。

(特に「XS」という小さいやつが、お気に入り。)

大きな住処に住むとなったら、何でも好きなものをどかどかと置いて、有り余るスペースを何の知恵も無く只無為に使っていれば良いから、芸は要らない。

しかし小さな住処では、そうはイカの金玉である。

限られたスペースに必要最低限のものだけを収めなければならないのだから、知恵が要る。また置く場所が無ければ、無駄なものを更に持ち込もうという気も起こらないだろうから、物欲に囚われる事無く、心穏やかな暮らしが出来る筈である。

この間泊めて貰った船でもそうだが、例えば昼間リビング・ダイニングとして使っている部屋のカウチは、夜になると簡単にベッドに早変わりする。そして、あの小ぢんまりとまとまった「ギャレー(簡易台所)」の、何と機能的な事だろう。余計な物やスペースなど、船の中には一切無いのである。

あんな風に陸でも暮らせたら良いのに。

この木で出来たちっさな家なら、ワタシひとりは勿論、上手い具合に話がまとまって好い人が出来た暁にも、充分暮らしていけるだろう。

尤も、相手の方もワタシと同様の価値観でいてくれなくては困るけれども。

しかしワタシの事だったら、例え将来どれ程に金を稼ぐような身分になろうとも、そんなのには関わり無くこういう家に住み続けているだろうから、充分元は取れそうなものである。


こういった家の良い所は、家具というものが殆ど要らない点である。

何しろそんなものを置くスペースは元々無いからなのだが、しかし備え付けのもので充分用が足りる。それくらい機能的な住まいなのである。

「モバイル」という点についてはワタシはそれ程関心は無いのだが、その「狭さ」や「機能性」に「禅」的ストイシズムを垣間見て、心惹かれる。考えているうちによだれが出てきそうである。


こういうのを「現実逃避」と言うのだろう。



取り止めも無く彼是書き散らかしてしまったので、今日はこれまで。


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