せらび
c'est la vie
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みぃ


2005年02月11日(金) 蟹座の気違い男、その六

翌日、ワタシは一日自宅にいて、部屋で寝巻きのまま引越しの算段をしていた。

思いのほか早く帰宅した奴は、ワタシの部屋に直行すると、ドアをばんばんと叩いた。薄暗い顔で、話があると言う。

只ならぬ気配に、ワタシは一先ず寝癖だけ整えると、ゆっくりダイニングへ出て行った。


ワタシが腰掛けるのを待って、奴は聞いた。

ハンバーガー喰う?

は?

(難しい顔をして人に話があるなどと言っておいて、ハンバーガー喰う?って一体…?)

ワタシは一呼吸置いてから、

結構です、ご用件は何ですか?

と言った。

奴はああそう、と言うと、ハンバーガーの包みを開けて、食べ始めた。そして口をもごもごと動かしながら、話を続けた。

いやね、***(=妻)が居ない時に、話を聞いておきたいと思って。

そう言って、また一口、一口、と食べ進んで、中々肝心の話を始めない。

ワタシは苛々してきた。

一体何のお話ですか?ご飯食べるんでしたら、食べ終わってからまた呼んで貰えますか?

席を立とうとすると、奴は慌てて止めた。


ああ、いや、食べながら話すからいいよ、そのままで。

(いいよって… それはワタシに失礼では・・・?)


一頻りむしゃむしゃとやって、奴は漸く本題に入った。


まあ、色々と噂を聞いているんだけどね。

「噂」って、何ですか?

いや、その、裏で君が色々と噂を流しているという事をね、聞いてるんだけど。

聞いてるって、一体誰がそんな事を言ってるんですか?

いや、それは言えません。でも兎に角、俺の知らないところで、君が色々とやってるっていう事だけは分かってます。

はあ?「色々」って、どういう意味ですか?一体ワタシが何をしているって言うんですか?言ってる事の意味が全然分からないわ。


この調子で暫くやり取りが続いたのだが、長くなるので種を明かすと、昨夜ワタシのメールを受け取ったうちの一人、つまり友人だと思っていた男である「生臭坊主」が、どうやらメールを転送しただか内容を知らせるだかして、煽ったらしい。

それでぶち切れたオヤジは、仕事もそこそこに、いざ大喧嘩をぶちまかそうと意気込んで、わざわざ早退してきたというのである。

そしてこの議論は忽ち怒鳴り合いに発展するのだけれど、これで明らかになったところによると、どうやらもっと以前から、この「友人」である筈の生臭坊主が、この気の毒な情緒不安定オヤジを煽り立て、ワタシの悪口を仲間内で広めるのに一役買っていたのである。



この生臭坊主はもうこの街には居ないから、序でだからこの場でしっかりとその悪童振りを暴いておく。

コイツは京都の寺の息子だそうだが、元々は滋賀の山奥の出身だとか言っていた。日本でその筋の大学に通ったそうだが、卒業してそのまま寺の跡継ぎになるのが嫌だったらしく、海外「遊学」を決め込んだ。

ええ、文字通り。

何しに来たのだと聞かれて、自分から「…んー、遊学?」と言うのである。

本来この言葉には、「学問をする為に余所の土地へ行く事」という意味がある筈なのだが、奴は恐らく字のまま、「遊びに来た」のだろう。

ワタシは「観光」とか「所用」とか「留学」とか、または素直に、この街が気に入ったからもう少し長く滞在して色々見てみたかったから、というようなのは聞いた事があるのだけれど、自分から「遊学」と言ってのけた人に会った事が無かったので、この時は二の句が告げなかった。


この若造は、この街では「芸術関係の専門学校」とやらに通っている事になっていたのだけれど、実際殆ど学校には行かず、暇な二ホンジンを集めては日系居酒屋やオカマバー等を飲み歩いて、豪遊の限りを尽くしていた。

また耳から首から指から、じゃらじゃらと幾重にもジュエリーを身に着けたり、黄色く髪を染めたりしていた。とんだ生臭坊主である。

(ちなみに友人に「生臭坊主」という表現を知らないという人がいたので、一応説明を加えるけれども、これは余りに俗世間に浸かりすぎて、生臭い肉や魚も平気で食べるような、不品行で戒律を守らない坊主の事を指して言う。) 

コイツは、能書きを垂れる前に、「宗教家として」と一々断りを入れるのが、口癖である。それから、自分はそういう身分だから、人から目標とされるような人物であらねばならないと、日夜修行に励んでいるのである、という口上を述べるのも常である。

しかし大仰な事を言う割りには、まあ所詮遊び盛りのガキんちょだから、口で言う事と実際やっている事の差があり過ぎて、言っている事に重みが無い。その品行や「黄髪にジュエリー」を目の前にしては、残念ながら信憑性に欠ける。

そもそも人間というのは、宗教関係の学校に行って勉強したからといって、自動的に「悟りの境地」に辿り付くものではないから、ワタシはコイツの言う事は大概まあ話半分に聞いておいた。丸きり馬鹿にはしないけれども、しかし鵜呑みにもしないという程度のものである。

とは言え、ワタシは奴との友人関係は一応保っていて、時折メールや電話のやり取りをしたり、何ヶ月かに一回は一緒に飲みにも行ったりしていた。


ところがこの生臭坊主は、「ぺらぺら小僧」でもあった。

娑婆の暮らしに、余程退屈していたのだろう。ワタシの同居人オヤジの妄想を面白半分に煽り立て、それを周囲に拡大して言い触らし、そのお陰で更にオヤジを不安定にさせ、結果的にワタシたちの同居人関係は険悪になった。どうやらこの小僧が、その張本人だったのである。

ワタシはこの生臭坊主またはぺらぺら小僧の、暇に任せて他人の事情に首を突っ込んで、何でもない事をわざわざ拗らせた所業というのは大罪であり、決して成仏しないものと思う。

(もし読者の中に、京都近郊の檀家の方がいらしたら、こういう不届きな坊主が法事に来た折には、塩でも撒いてやるといいですよ。伊達に袈裟なんか着てるからって、見掛けに惑わされてはいけません。坊主だからって無闇に有難がるのは、間違いの元。)

(尤も、坊さんの耳たぶにピアスの穴なんて開いていたら、ワタシだったら一寸気味が悪いと思う。)


さて、そういう訳で同居人オヤジは、奥さんの目の届かないところでワタシと喧嘩がしたくて、わざわざ仕事を早退して来たそうなのだが、ワタシは既に奴のそういう、くちゃくちゃと喰いながら話をするとか、自分こそ人の悪口を言い触らしておきながら、平気で人に言い掛かりを付けたりなどする失礼な態度が気に入らなかった。

そもそも、奴が酔って人に愚痴を聞かせたり、不適切な発言を繰り返して平気で居るのにも嫌気が差していたので、なんだやるなら掛かってきやがれといったような心持ちで、じわじわと沸点を迎えつつあった。


つづく。


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