せらび
c'est la vie
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みぃ


2004年11月07日(日) 蟹座の「がみがみガール」続編

結局彼女とは口を利かない仲になってしまった。

きっかけは他愛も無い事なのだけれど、行きがかり上一応書いておく。

ある時二人で話をしている時に、別の同僚が通りかかった。すると「がみがみガール」はワタシには無言で、さっとそちらの方へ行ってしまった。話の途中だったので不審に思いながらも、ワタシはその場で一先ず待っている事にした。

暫くして彼女が戻って来たので、それでさっきの話の続きなんだけど、と言って話を再開したのだけれど、そのうちまた無言で何処かへ立ち去ってしまった。

そういう事が何度かあったので、ワタシも段々嫌になってきた。初めは余程ワタシの事が嫌いなのかと思ったのだが、本人に問い質すとそんな積りはなかったと何度も言うので、恐らく彼女としては悪気は無いのだけれど、その同僚にも話があったのを思い出してそっちへ意識が行ってしまって、同じく同僚であるワタシにはある種の甘えがあるのか、わざわざ「ちょっと失礼」等と断りを入れる礼儀を忘れていたのだろうと思う。

それで、ある時彼女の方から質問してきた話題について話している時にまたそういう事があったのを機に、ワタシはこの気分の悪い関係を絶つ事に決めた。

以来ワタシは彼女と関わりを持たないようにした。そのうち彼女から、何か怒っているのか、もし自分が何かしたのなら謝るとメールを寄こして来た。ワタシは一通り説明をして、だからワタシはそういう失礼な人とは関わり合いたくないという旨を伝えた。彼女は、これからは気を付けるから許して欲しい、と謝りのメールを寄こしたので、ワタシもそれを受け入れる事にした。

しかし、そういう事は以後も続いた。勿論、話をしているうちに突如怒鳴り出す癖も健在だし、又何か手助けをして上げてもきちんとお礼を言わないところも、そのままである。ワタシは随分舐められたものだと感じていた。

そうしてまた数ヶ月が経って、ワタシも随分疲れて来て、こう気持ちを落とすような友人というのは、無ければ無い方が健康の為ではないかと思うようになった。

それで、ワタシは彼女との関わりをきっぱり経つ事にした。例に因って彼女から、自分が何かしたのかとメールが来たが、ワタシは、自分がどういう事をしたのか分かっていないなら、謝ってくれなくてもよいと返事をした。

それきり。

後味は悪いけれど、どうにも仕様がない。

でも彼女には手助けをしてくれる人が沢山いたし、そのうちの一人とは結局不倫の関係にまで至ったのだから、彼女も私が友人で居なくなったからといって淋しい事なんか無かったろうと思う。



そうそう、その不倫相手というのは他国人なのだけれど、こいつはひょっとするとかつての歴史的な恨みを別の手段で果たそうとしているのではないかと勘繰りたくなるような国粋主義者で、そして物凄く自尊心の高い男である。

こいつは当時、川向こうの街に奥さんと五歳になる男の子の三人して住んでいたのだけれど、国の母親が還暦だかなんだか、節目の歳を迎えたとかで、長男の嫁である奥さんが子供を連れて国へ一年帰る事になったとか言っていた。その隙に「がみがみガール」に手を出した訳だ。

やつは夜な夜な彼女の部屋を訪れてはそのまま宿泊していったそうだから、彼女と当時同居していたアジア人の友人は、アジアはもっと保守的だと思っていたのに、流石はニホンジン、と眉を顰めていた。誤解を解くのに、随分骨が折れたよ。同朋として、全く迷惑な話である。

もっとも、以前からこいつと、例の某西日本出身の意地悪男と、それからもう一人妙に爺臭い別の国の出身の男とで、「アジア三馬鹿トリオ」とワタシが密かに名付けた、いつも連れ立っている男たちが居るのだけれど、こいつらは「がみがみガール」の事を矢鱈と気に入っていた。一見大人しげに見えるから、所謂アジア的控えめな女性という印象を持ったのだろうか。はたまた良い学校をいくつも出たから、そういうエリート崇拝志向の高いアジア人には、受けが良かったのだろうか。

兎に角この「三馬鹿トリオ」はこの「がみがみガール」をいつもちやほやしていたのだが、中でも一人だけ既婚者の筈の例の男が、格別ご執心だった。

ある時ワタシはこいつと食堂で出くわして、不本意ながら一緒に飯を喰う羽目になった。その際やつは、お前の名前を漢字で書いてみろ、と紙とペンを差し出した。日頃漢字を使い慣れた民族同士だと、下手な外国語で話すより漢字を書いた方が通じやすいこともある。異文化コミュニケーション宜しく、ワタシは疑う事も無く素直に書いて見せた。

すると、どうだろう。こいつは一字一句意味を解説し始めた。この字からは農民の出身だと言う事が窺えるとか、こっちの字も結局農民らしいとか、そういう事を言い出したのだ。それでワタシは、ええまあそうでしょうね、近代以降異なる身分間の結婚が進んでその違いは一概には分かり難くなったけれども、ワタシの国は元々大多数が農民でしたから、とはいえワタシの親類には直接農業に携わっている者はありませんが、と答えた。

しかしそんなことで彼は治まらない。自分は国では代々官僚の家系の出身で、初代から系譜を読んでいくとどの先祖も皆政府に務めた者だという事が分かると言う。それから「がみがみガール」は武士の出身だと言っていた、と更に続ける。

だから何?

ワタシの方が身分が低いと言う事が苗字からも明らかだと言いたいようだが、仮にそうだとしても、だったらどうなの?階級が低いからといって、それがここでのワタシと貴方の同僚としての関係に、何か支障があるとでも?

奴は正に言い難い事を奥歯に挟み込んだままの様で、ワタシの質問にははっきりと答えなかった。

結局それきり、ワタシはこいつとも口を聞かなくなった。今時、所謂先進国に階級社会がこうもあからさまに存在するとは思いも寄らなかったが、自国のやり方を外国人のワタシにまで押し付けられたのでは堪らない。しかもそれらとも全く別の第三国に住んでいながらそんな時代錯誤な話をして、奴は一体何がしたいのだろう。

こいつの奥さんと子供はその後戻って来た様なので、彼らの不倫関係は表向き終わったものと思われた。しかし他の同僚に依れば、彼らを含めて食事に行く予定があった時、男が何らかの事情で遅れただかすっぽかすだかしたとかで、そうしたら「がみがみガール」は目を剥いて、一人だけいつまでも怒り狂っていたそうで、周りは大層不審がっていたと言う。ワタシはその場に居てそんなのを見ないで済んだ事を、本当に良かったと思った。

だから、ひょっとすると彼らの関係はまだ続いているのかも知れない。

いや、そもそもそんなのはワタシの知った事ではないのだが、しかしかの国では嫁は最初の十年ばかしは人間扱いすらされずに、婚家の者から虐げられているようなお国柄と聞いているから、苦労しているに違いない奥さんや可愛い盛りの子供の身を思うと、ほとほと気の毒になってくる。ワタシは人に遣った事は自分にいつか返って来るという説を信じているから、多分この「がみがみガール」にも同様の仕打ちが待ちかねているだろうと思う。

人のものに手を付けてはならぬ。


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