- 2006年03月13日(月) 母が、もし、自分自身と私を同一視しているのだとしたら、 何を習わせてもものにならなかった おまえはみっともないのだから、そのことを知りなさい などと小学生の頃から私に向かって言われた言葉は、 そのまま母自身に向かって放たれた言葉ではなかったか。 何をさせても不器用な自分。 妹よりかわいくない自分。 そういう自身を、自身の分身である子ども、つまり私に 投影した結果ではなかったのか。 …そうかもしれない。よくわからない。 ただ、母は、家事全般に不器用である、といつもいいわけをしながら 生きている。 家事をきちんとこなすことができないのかしないのか、わからないが いつもおどおどとしている。 お寺さんにお茶を出すときにも お布施を差し上げるときにも 不調法で、と必ず言う。 ならば、それなりの作法を身につければいいのに、と思うが 母の頭のなかではどうなっているのか、 そういうことを下に見ているのか、 あるいは、本当に自分が不器用やってもできないと思っているのか、 身につけようとしているようにはみえない。 私の母は、他人の目を気にしすぎるのだろうか。 そして、確かにそういう部分は私にも、ある。 -
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