私の毎日 The past diary

2003年06月09日(月) 入院1日目(切迫流産)

朝、少量だが出血。
連太朗を連れ病院へ受診。
まだ週数が早いので胎芽は確認できるけど心拍動は確認できず。
切迫流産で絶対安静と言われる。
(後で聞いたが赤ちゃんは大丈夫だけど半ば脅しだったらしい)
絶対安静とはトイレ時しか立ってはいけないって事なんだって
しか〜し!旦那も留守で小さな子を抱えどうやって安静にするんだよ??
相談して来なさいと院長に言われ一度家へ帰宅。

家へ戻っても安静になんてしてられず
昼食の準備をしていると、またしても出血・・・
こりゃあ、いかんと思い父へ電話。
しかし仕事中の父にどうする事も出来ず
カズの実家へ電話するが義母は留守。
同じ敷地に住む次男家の義姉へ電話を入れ状況を話していると
義母も戻ってきて、連太朗は預かるから入院しなさいと言ってもらい
すぐに迎えに来てもらうことに。

でもでも・・・人見知りしないとはいえ連太朗を長時間預けた事もなく
かなりアバウトな義母にかなりの不安もあったが
今は、腹の子の為だと思い直し預けることにした。
元保育士の義姉に詳しいことをお願いして私は入院。
病院から機嫌の良い時を見計らって
ドナドナのごとく連れ去られていく連太朗・・・
涙なくては見送れません。

私は止血剤の点滴+流産予防の注射(Hcg5000)を打ち
思い出すのを連太朗のことばかり・・・
「どうしているんだろう?泣いてないかな?」
夕方になり実家へ電話すると電話口からは
泣くどころか笑い声が聞こえてくる。
義母が「殺しゃせんけん大丈夫ばい!」
その言葉が妙に私の中のツボにはまって落ち着いた。

その後、友達が見舞いに来てくれたけど話題は連太朗の事ばかり・・・
今日は眠れないだろうなぁ〜。


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ちぇる