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英語版『魔笛』CD
キーンリサイドが好きで、彼がパパゲーノを歌う『魔笛』のCDを買ったら、よく見ないものだから、なんと英語版。まるで別の曲みたい・・・原語上演が普通となった今でもイギリスは英語上演をする、と聞いたことはあるし、ムーア財団とやらが英語版録音の後押しをしているという記事を読んだこともあるので、ああ、これがそうなんだ、と納得。
でも聞いていると、まるで別の曲みたい。軽やかといえば、軽やかだけれど、私の頭は「こんなん、『魔笛』とちがう」といい続ける。言語の響きも音楽のうちだなあとしみじみ感じる。
そりゃあ、キーンリサイドは素敵だし、ザラストロを歌うトムリンソンも重厚でなかなかカッコいい歌いっぷり。それだけのために買ったとしても、いいのだが、でもなんでわざわざ英訳して歌うわけ?
このあいだシラグーザのコンサートで聞いたフロトウの「夢のように」、これも原曲ドイツ語で、イタリア語に訳すと気が抜けすぎる(と私には聞こえる)。閉音節のドイツ語ならではの子音の響きが、イタリア語では母音に置き換わってしまう。私がマルタだとしたら、ドイツ語で歌ってもらいたい、はい、ヴンダーリヒ指名です。
伝達という観点からは、聴衆にわかる言語の選択もありだと思うが、音楽を犠牲にしても伝達かなあ。もちろん聴衆にわかる言語にすれば啓蒙的で、結果的には裾野を広げることになる。・・・日本でもオペラに関心のない人だって「あ〜る晴れた〜日」とか「風の中の羽のように〜」とかは知っているものね・・・そうなるとなんともいえないけれど、でもまあ、やっぱ原語上演を堅持してもらいたいものです。たぶんそれが作曲家の音楽的な意図を忠実に再現することではないかしら。
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