本日重症鼻炎の私と熱のある息子、それでも行ってまいりました紗矢香ちゃん@オペラシティ メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲、誰でも知ってるイ短調。こんな平凡といえば、平凡な曲をどう演奏してくれるのかと楽しみにしていました。 紗矢香ちゃん、ちょっと痩せた。ふっくら若乃花顔がかわいいのに、どうしちゃったの?痩せた「天満敦子」じゃシャレにもならんよ。オバサンはこれ、ちと心配。五島ミドリも天才少女を卒業してから大変だったらしいから。(今は大丈夫、立派な大人です。) さて、メンコン。 理屈っぽ〜。 技術に文句はなーんもありません。 でも理屈っぽ〜。 私が思うにメンコンは青春の抒情を感じさせる曲。若いときの悩み、ご本人はひどく深刻になってもみるけれど、何かの拍子にふとそれを忘れて溌剌とした感情に身を任せて過ごしたりもする、というような、暗いところがあっても若々しさを歌う曲だ、と思うのですが、紗矢香ちゃんは、根源的な深刻さを予感している若き求道者みたいな歌いぶり。能天気に悩みを忘れてメロディーに乗っかったりしないわさ。 うまい下手ではなくて、私は紗矢香ちゃん向きの曲じゃないと思う。ショスタコとか、プロコとか、ベルクとか、そういう20世紀的な曲のほうが向きじゃないかな。 アンコールのカプリースのほうが彼女らしい気がした。 ただし、不満たらたらで帰宅したわけではなく、この頃、生のメンコンというと、息子やその仲間のひくのしか聞いていなかったので、「いやあ、うまいもんだなあ、ひいてるって感じしないわ」というのがもちろん感想の第一であります。 息子たちのは最初から最後まで<メンコンをひいている>という行為が営まれているわけです。<メンコンをひき終わること>がそのゴールです。紗矢香ちゃんのはメンコンというメディアを借りて、譜面ではないものを表現しているのです。レベルがてんで違うのです。 以前、丸山真男が天満敦子に、「天満さんのベートーヴェンというのも結構だが、演奏者である天満さんを感じさせない<いいベートーヴェン>の演奏をしてほしい」といったという話を聞いたことがあります。これにのっとって言えば、紗矢香という媒体を通して、メンデルスゾーンという人間を表現する、ということになるのでしょうか。「いやあ、今日のは<いいメンデルスゾーン>だった」っていえるような演奏。 さて、今日のは<いいメンデルスゾーン>だった? 紗矢香ちゃんのメンデルスゾーンでした。
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