書泉シランデの日記

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おとなのこくご 年賀状ソフト「筆まめ」
2004年12月07日(火)

問題は株式会社クレオ「筆まめ」ver.15の車内広告からとりました。各文の前の数字は便宜上つけたものです。それでは読んで、後の問に答えてください。

�/掲�の風物として誰もが親しんでいる年賀状。��中国の唐より弘法大師空海が伝えたとされる書が平安時代には日記文学・随筆から恋文まで、流行や政情に影響をうけ、形を変えながら発展していったそうです。��ネットワーク社会の今、新年の挨拶まではがきの代わりに便利な電子メールを利用する人がふえているようですが、やはり元旦にポストを覗くあの情緒には代え難いものです。�い修Δ靴篤�本の誇るべき伝統が徐々に消滅しつつある中で年賀状という心を伝える文化、大切にしたいものですね。

問1 �△諒犬砲�いて、流行や政情に影響を受けたものは何ですか。
問2 �△諒犬砲�いて、何が何に形を変えたのですか。
問3 �△諒犬砲�いて、発展していったものは何ですか。
問4 ��の文において、何が情緒に代えられないのですか。
問5 �い諒犬痢屬修Δ靴董廚浪燭鬚気靴討い襪里任垢�。

解説
問1 文章から読み取る限り「空海が伝えたとされる書」です。

問2 これも同様に「空海が伝えたとされる書」が「日記文学・随筆から恋文」に形を変えたということになります。

問3 「形を変えながら発展した」というのですから、形を変えたもの=「空海の書」なんでしょうねえ。それにしても日記文学が空海の書から生まれたなんていう説は、初めて知りました。そもそもここでいう書とは、書道の書なのか、本のことなのか、いったいどちらなのでしょう。また、冒頭の文�,稜�賀状とはどういう関係を持つのでしょうか?

問4 文意から「便利さ」だと思いがちですが、そのように読めるのでしょうか。「便利さ」は主に出し手が感じること、「情緒」は受け手が感じること。この二つはそもそも交換できる関係ではありません。電子メールならではの即時性や、e-カードの楽しさであれば、ポストを覗く「情緒」と置換できます。ですが、この文中の表現で言及しているのは、便利さだけです。

問5 「そうして」はその前の「何かする/した」ことを指して、次へと続く表現です。基本的には一番近いものを指すわけですから、「ポストを覗くこと」です。でも、それはむしろ「誇るべき伝統」に近いと考えられますから、不適。その前には「ふえていること」がありますが、これは「何かする/した」ではなく、状態です。うんと無理をして「電子メールを利用する(人)」というところに「利用する」があります。おそらくはこのことを指したつもりかと思われますが、さて、大人のみなさんは、そのように読解なさるのでしょうか?

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車内広告を見ながら、書き写しつつ30分も悩んでしまいました。とりわけ、�△里箸海蹐帽臈世�いきません。空海の書と年賀状に関係があるのなら是非知りたいです。でも、そこに日記だの随筆だのって・・・(絶句)。「中国の唐」というのも私には抵抗大です。

��から�い蓮△爐靴蹇屬修Δ靴董廚�ないほうがいいように思います。

この広告、代理店が作ったのか、クレオ本社で作ったのかわかりませんが、どっかの誰かはこんなわけのわからん文章を書いてお金をもらっているのですねえ・・・いいなあ。企画会議とか誰一人、この文章が気持ち悪い、と思わなかったのでしょうか。それとも、あえてこういう文章を仕立てて、注目をひきたかったとか?まさか。

隣の人が読んでいた新聞に「学力低下」とあったこと、しみじみと感じられました。

年賀状ソフトの「筆まめ」信頼できますか?

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わかった!

さっき一旦日記を書いてから、お風呂に入り、一体あの文章の真意は何なのだろうと考えて、ようやくわかりました。お風呂でわかるなんて、まるでアルキメデス。「ユーレカ!」
きっと以下のようなことがいいたいのですね。

(現代の書は)弘法大師が唐で学んだ書法が、日記や随筆や恋文など、いろいろなものに用いられて、形を変えながら発展してきたものだそうです。

最初に読み損ねた私が「学力低下」なのでしょうか?いいえ、そうは思いません。やっぱり舌足らずな文章なのです。なんだかんだと私は5時間ほどこの文章が頭から離れませんでした。みなさんはすぐに上のような意味に理解できましたか?




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