命の重さを計るのは 不可能なんだろうネ。 のっけから重たい話になっちゃった。 いや、例の、 富山県の病院で問題にされている 安楽死の話。 本人の意思ではなく、 家族の意思でも無いのなら 死のタイミングは 自然に任せるのが…いい。 呼吸器を外すコトが 自然死という判断だったのならば それでいいんじゃないのか? …と、ふと納得してしまう。 でも、もし自分に置き換えてみたとしたら、 自分の大切な家族が 人口呼吸器で延命措置されていたとしたら どうだろう? 意識が無くて、話も出来なくて 当然、入院や治療に、 お金もかかるワケだけど…。 でも…、 そこに愛する人が居る。 ただ寝ていてくれるだけいい。 手を握っても握り返してくれない。 でも…それでもいいから、 生かして欲しい!と思うだろう。 (…意外と弱いヤツ…苦笑)
もしも本人が 安楽死を求めていたとしても、 呼吸器を外した医師のコト 恨んじゃうだろうなぁ〜(苦笑)。
医療技術が高まるほど、 どこまで生かせばいいのか、 物議をかもし出す 難しい問題だネ。 うん…命の重さは やっぱり、計れない。
余談ですが、最近チョット 弱気?になるコトがある。 もしも次の手術の時 運悪く、麻酔に失敗して 意識が戻らなかったら どうしよう〜(焦)ナーンチャッテ! そうなった時のコトを想定して、 6月までに、 アルバム用の未発表曲を 全部、録音しておきたいなぁ… な〜んてネ(苦笑)。 でも、可能性はゼロでは無いハズだよネ。 (笑)考え過ぎ…か。
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