明日香の日記

2005年08月01日(月)

いや〜ぁ今朝のニュースを見てビックリ…。
昨日、千葉の九十九里浜で落雷事故があったって。
中の二人は心配停止の重体だと言うから
胸が痛む…。
実際、きのう『海』へ行って、
雷も鳴っていたりしたからサ。
でも新舞子では、雷だからと言って
慌てて引き上げる様子もなかったなぁ。
自分達の危機感の足りなさを痛感しました。

毎年8月のこの時期になると
広島や長崎の原爆投下だけじゃなく、
戦争そのものの悲惨な記事や話が
アチコチから飛び込んでくる。
北海道でも(エ〜ッと…向こうでは北海道新聞ですが)
新聞の特集記事に、北海道にゆかりのある人々の
『戦禍の記憶』を取り扱ったコーナーが
かなり前からあります。
中には、読んで吐きそうになるほど惨い体験談も…。

今日お会いした叔父サンは、
以前もブログに書きましたが、
サイパン島で瀕死の体験をした、お一人だ。
今年6月末に、戦後初めて慰霊目的で
天皇陛下がサイパン島へ出向かれて
日本の慰霊碑と広島の慰霊碑
そして、朝鮮の慰霊碑にも手を合わせられた…。
叔父サンは、6月上旬にサイパンへ行ってきた
と言っていた。
実は『陛下と同行されませんか?』という
取材者からの申し出があったそうだ。
でも、6月に2度も行くコトになるので、
お断りしたと言っていた。

あの慰霊碑の周りは普段、
草ボウボウなんだって(苦笑)。
それが今回サイパンへ行ったら、
キレーイに整備されていてねェ…。
そう呟いて苦笑いする叔父サン。
『天皇陛下がお泊まりになったホテルは
 ココに建てられたんだヨ』
と、古いモノクロ写真の資料も見せてくれた。
ゴロゴロと、浜辺に死体が転がっている。
言葉が…無いです。
サイパン島が日本の統治下になってから
その労働力として連れてこられた朝鮮人の多くも
結局、戦争に巻き込まれて亡くなっている。
『8月になると、この本を見とるんや』
『オジサンにとっては、やっぱりサイパンが
 故郷ですか?』と聞くと
『あぁ。そこで生まれ育って、
 走り回っとったんやからナ』と答える。
そうなのダ。
生まれも育ちもサイパンのハズなのに
日本へ“帰国した”と、取り違えられている。
国の補償があるとしたら
サイパンへ帰してくれて、生活の足場が出来るまで
面倒を見て欲しい。

戦争は、もうやめて下さい!
お願いします。









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明日香