「本当に面白いのかー?」 とたかをくくってついつい読書したら、とまらず日記が停滞。 ネタバレします。
内容はうーん、ミステリとしては、こういう犯人は読みつくした感があるので、「意外だった」みたいな描き方はどうかな。(失礼) あと、あの最後の暗号の解読は、総長があのひとがやったことがある、というだけで「それ駄洒落?」と誰しもつっこんだと思う。 どうですか? かーなーりーそういう突っ込みを狙って描いたんだよね?ある種の暗号小説だもの。 あたしは同じ歴史探偵ぽいならアーロン・エルキンズの、もっともらしい嘘の方が良く出来ている気がするのは多分この作品がダヴィンチという、相当語りつくされたものを扱っているので、読む人間にはそれなりの知識がそこそこあるからだと思う。 それぞれのダヴィンチ感、それぞれの絵画感、そして宗教との対立調和があって、それをベースに読むから、解せないところもあったり、逆に大いに触発されて、もっと調べてみたい気持ちになるのかもしれないな。 そういう意味では面白い話でした。
そしてあたしはこの話を読んでしみじみと思ってしまったのは、 宗教と神に、自分が何を望んでいるかによって、 同じ神を信じていると思われる人たちにおいてすら闘争がわきあがるということ。 神のどこを選び、どこを捨てるか。 一人一人の中に違う価値があり、それを大切にするがゆえ(または欲望とあいまって)の争いが結局ラストまで解決されないままひっぱられる。 誰にもどちらが正しいと思えない問題を、最後は形でないものが聖杯である、というふうに美しい風景をみせて終わらせたこの物語のそこがすばらしいと思った。 あんのんとした八百万の神のいる国で育っているあたしには理論も教義も、そこからくる争いも、今ひとつ体のそこから理解できるということはないと思うのだけど、 きれいな風景が神ならばそれは少しは理解してもいいと思う。 少し、だけどね。
映画ではどうなるんだろうなあ。
|