| 2005年12月31日(土) |
今年もありがとうございました |
今年も今日で終わりですね。 ライフの芝居に踊らされ、踊り、 日記を書き、文章を書き、 海で泳ぎ、友達と酒を呑み、 仕事をしました。←仕事、最後かよ、るなふ。(笑) 無理をしなくてはいけないこともあったし、 どれもこれも楽しくて楽しくて。 根本的人見知りする性格があたしなのですが、 仕事の同僚もライフの友だちも他の趣味(笑)の友達も、みんな楽しくて、皆さんに優しくされて、楽しい生活をすることが出来ました。 本当にありがとうございます。 来年は皆さんに還元できるようなことができたらいいなと思います。 あたし、時々記憶をなくすようなこともしますが来年もよろしくね。(甘いぞ、るなふ)
さて、昨日は朝7時位から起きて行動し、最終的には、 最初の会社の先輩で今は広島に住むN来さんと、 先日の大阪でお世話になったYKさん、あと5時から他の忘年会があるといかいうのに、「一次会が終わったらおいでよ」と強要し、急いで飲み屋に来てくれたM氏の四人で新橋で飲みました。 四人、なんと全員血液型が違う! ま、そういうこともあるんだろうけど、あたしの周りは何故かO型が多いんですよね。なのでやたら新鮮。 みんな違う。それでいい。by金子みすずてな感じで、皆自分の好きなものを持っている人たち! 映画をみるひとたちなので、映画の話に突っ込む突っ込む。 例えば、『トロイ』の話で盛り上がる。 きれいな女の子を略奪してきて、『よしオーリーやるじゃん!』と思ったら、お兄さんに『兄さんは僕を愛してる』って何かって言うときいているのがダメダメで笑い、おにいさんがそれに対して『こういうときには、こういうことをしてやっただろう?』とか朗々と諭しているのがけなげだったとか。 でもとても似てない兄弟と思ったけど、弟のうっかりさは父にとてもよく似ていたので納得したとか。(爆) そこまで話をしたところで、N来さんが 「実は映画にはでてなかったけどお母さんが苦労性でお兄さんに似ている」 との情報。 エリック・バナ演じる兄さんはお母さん似だったことに大爆笑。 トロイ世界が深くなる瞬間でした。(違
そんな中、あたしがライフを好きなことに気を使ってくれて、 M氏「ライフのテレビCMみましたよ!」 あたし「ありがとうございますっ!」 M氏「あれ、『ドラキュラ』ですよね?どうしてドラキュラとジョナサンしかでてこないんですか?ミナの位置はどうなんですか?あたしはストーカーの原作も読んでますし、コッポラの映画もみているから間違いはないと思うんですがなんだかミナがいなかったんですよ、どうしたんですか?」 と素朴な疑問を問いかけられる。 なので、仕方なくライフ版ドラキュラはジョナサンに執着している旨お伝えするとめちゃくちゃ笑われる。 M氏「どういう設定なんですか?是非みたいです。笑えます」 M氏はドラキュラという設定が好きなので余計ツボに入ったらしい。 ……すまん。 原作ドラキュラファンの心をないがしろにするような話で。 と思ってふと気がついた。 あたしは某ドラマが原作と違うことに納得があまりいってないのだけど、 実際ライフ自体も ドラキュラもカーミラもありえない解釈をしているんですよね。 これはきっと原作ファンはどう思うんだろうか? 某ドラマをとやかくいえないのではないのかな? と。 いろいろ言ってごめんね、某ドラマ。 なんてね。 思った。
でもドラキュラもカーミラも新解釈が自分にとって心地よいかどうかはともかくとして、 実はこの再編成は簡単に許せてしまう自分がいることに気がつきました。 それはライフファンだから、甘くそう思うのでなくてですね。 まず、ドラキュラ、という存在が世の中のひとつの形として世の中にあること。 それをどう料理するかはすでに人の手にまかされているのが常識であるという状態があると思うんです。 だから許せるのかなあ…。 あとはね、 小さい、四角い画面の中のものでしかないテレビとはちがい、 『舞台』という表現方法がアバンギャルドな形式だから。 目にみえるものだけをみせるのでなく、 想像力を必要とする媒体形式だからかもしれない。 ひとつをみて、 深く、または広く世界を広げてゆくのは観客自身だからですかね? ヒガシノ先生と同じく、そういう結論をなんとなく考えてみたりして。
ライフを知るようになって、いろいろ考えるようになったわ。(笑)

今日の写真はN来さんのもってくれたお土産。 今広島はたくさんの大和ファンでにぎわっているらしいです。 ……あたしは船よりは飛行機が好きなのでよくわかんないけど、 戦艦好きにはこたえられないものがあるのでしょう! そしてあたしに重要なことはくるみアンだったことですv 香ばしくておいしかった。
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