土日仕事だったので『桜飛沫』のプレを忘れちゃったよ〜。 変則勤務仕事のあたしのこともおもんぱかって、プレオーダー、20時までとかにしてほしいっす、○プラス。(涙) じゅんちゃんと山内さんと祐ちゃんだよ?(号泣)
昨日の『情熱大陸』は矢沢永吉さんだったようですね。 まあ、日曜の夜は暇だったけど、結局、テレビはみていないのですけどねー。(笑) 新聞の番組紹介欄をみていたら、思ったことがあったので。 実際、どういう表現をしていたのかわからないので、こういう大雑把な想像をさせてもらうので申し訳ありません。
彼が大事にしている歌のイメージは「つや感」と「吐息感」なのだとかきいって、劇場やライブハウスに集う客の最大公約数の集中力を担うことと伝えることは、技術や衣装や装置よりも、まずこれなのではないかなと妙に納得してしまった。 時々、会社のひととテレビや映画の話をしていて言われる、 「あの俳優、演技が下手」「歌が下手」 という言い方に実は違和感がものすごいあって、言い返したいんだけど言えない、みたいな悶々感(こんな日本語ありません)が渦巻いていたのです。
演技の下手さって、意味があるの? それを無視しまえるほどのおもしろさがあればいいんじゃないの? って漠然と思っていたのですが、それもどうも違う気がして。 生身の舞台に必要な魅力は何か?を何度か考えていました。
あまりテレビをみることがないあたしですが、舞台という空間が好きで、舞台俳優たちが好きですが、彼らの素敵さを口で言おうとしても伝わらないもどかしさはつくづくかんじていました。 「生身の彼らは最高にいいんだよ」 って、そのたびに思ってた。 彼らはテレビの大写しにされても美形は人たちというわけではないから写真を見せても、「素敵だね」とは決して言ってもらえない。 舞台という生身の肉体が現れる場所では必ずしも現実的にみて超絶美形なひとが光り輝くわけでもなく、 ダンスがめちゃくちゃ決まっていたって、演技がうまくたって、若くたって、それだけで次の舞台を観にいこうとは考えない。 本当は、舞台は生身そのものなのではなく、生身をみているのにもかかわらず、肉体よりも、そのひと自身がもつ、オーラのようなものに人が惹かれるのだろうと納得していた。
結局、あたしはそれを受け取る観客だから、そうゆう抽象的な曖昧なものとしてしか考えが及ばなかったけど、「艶感」「吐息感」という具体的な形で見えるものをあげて言っていたプロさがすごいなあと思った。 でもこれって、ふっと思ったのは。 もしかして前にどっかの雑誌で山本さんが言っていた、 「役柄を作るときに気をつけるのは品と色気」 というものに通じる言葉だなあということ。 なんだか、つきつめるとこころ山本さんと矢沢さんの目標点が同じと言うのは微妙にうれしいのか悲しいのか…。(脱兎)
>mitoさん ダーツのご忠告ありがとうございます。 でももう、うちの壁も。(遠い目) なんでソフトチップなのにあんなに壁がぼろぼろに?
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