WHITESTONE
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蓮舫が削った事業って超ピンポイントだよね。ある意味スナイパー。 ここまでとは正直驚いた。
ちょwドコモユーザーに蓮舫からメール来たw マジか?
三宅雪子のブログが酷い 別に被災したワケではないのなら趣味で何してようと構わないと思うが、それを楽しげにブログに書くという神経はどうかなとも思う。
宮城沖7→茨城沖6強→長野6強→静岡6強 → おい、新潟が入ってないぞ
できっこないをやらなくちゃ/サンボマスター サンボマスター sambomaster 世界はそれを愛と呼ぶんだぜ Rock In Japan 2005 今この歌を泣かずには聞けない
あの地震からほぼ1週間が過ぎようとしております。 新潟は震度4でした。 中越地震や中越沖地震より少し大き目に揺れたかなという程度でした。 仕事場にいた僕は仕事場自体が古い建物なのでそれでも少々不安になり、少しでも建物内でしっかりした造りの部分へと移動してその場をやり過ごしました。
その後ネットで震源地とマグニチュードや震度をチェックするとM7を上回る規模。震度は最高の7。 それでもまだその時は太平洋側でよくある大きめの地震程度かなと思っておりました。
その後の事態の進展はもう今でも映画でも見ているのかと思うような有様。 テレビを見ていてももう開いた口が塞がらないという・・・ そしてここ2〜3日は地震関連のニュース見ると泣いちゃうんだよね。
原発の問題 停電の問題 買い占めの問題
いろんなところで僕らが試されているみたい。 子どもにみっともない姿は見せられない。 被災している人たちが安心して僕らを頼れるようにみっともない姿は見せられないんだ。
子どもには何があっても父ちゃんに任せとけ、って言えるようにしたい。 被災している人たちには「案ずるな! 被災してない僕らに任せとけ」って言えるようにしたいよね。
まだ、うまく自分の考えがまとまらないんだけど一つだけわかったのは 家族は一緒にいた方がいいなってこと。 バラバラになってしまった家族、行方不明になってしまった家族を探す人たちの姿は本当に心が痛む。 現地へ行って探すことができればまだマシだ。 遠くから現地へも入れずただただ身内の無事を祈るしかないってのはツライ。
ウチの義母はウチの息子に「こんな津波がきたらおめぇだけ高台へ走れよぉ。ジジババたちは走れないからなー。」って言ってた。
後で息子は僕に「自分だけ一人で逃げれるわけねぇだろぉ」って言ってたのはちょっと頼もしくも思えたがだからといって全員逃げ遅れは最悪なので息子に
「ジジババ両手に抱えて走って逃げれるように体を鍛えておけ。人を助けたいと思ったら強くなくちゃ助けられないんだ」と言っておいた。
息子は少し黙ったままでいました。
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