私の音楽日記

2005年09月26日(月) 吉田拓郎 TAKURO & his BIG GROUP with SEO 2005

2005年9月25日京都会館第1ホールで行われた拓郎のコンサート。
開場前から入り口前には開場を待つファンと、拓郎の歌を弾き語りする若者が大勢いた。
弾き語りをしている若者達はみんな上手かった。中にはそっくりの声で歌っている人もいて、古い歌なのに若者の声で聴いていると、新しい歌のように聴こえて面白かった。

コンサートは「携帯の電源を切りましょう。録音はだめです。」という注意のアナウンスから拓郎本人の声で行われた。
コンサートでの注意事項をアーティスト自身が言うのを初めて聞いた。
新鮮な感じだった。注意事項の最後で拓郎は「今年の1曲目は何でしょう?絶対に当たらないでしょう。」と言った。

最初、総勢24名のバックバンドが登場して、その後拓郎が登場。
1曲目は聴いた事がある曲なんだけど、タイトルを忘れてしまってもどかしかった。
たしかにあの曲は意外な感じだ。
拓郎は来年還暦だそうだが、とにかく元気だった。
「京都は5年ぶりだけれど、あまり変わってなくて、停滞しているなあ。」と言って思わず「失言でした。失礼しました。」とあやまっていた。
言いっぱなしでなくて、あわてて謝るなんてところは昔の拓郎じゃあないなあと思った。
ガンの手術が成功して、歌える事がうれしくて、とにかく歌いたいという気持ちがあふれるようなコンサートだった。
来年9月にかぐや姫と共につま恋でコンサートをやることが決まって、そのこともとてもうれしそうで、「30年前はみんな若かったから、朝までやるか!とかできたけど、来年はそんなことしたら、炎天下で長時間!なんて客が死ぬんじゃないか。だいたいかぐや姫は野外にふさわしい曲を持っているんだろうか。暗い歌ばかりなのに」と心配?していた。
山田パンダさんのことを「山田パンダは自分より年上だとずっと思っていたけど、あいつは歳のさばを読んでいて、僕より2つ3つ年上だった。この歳になってそんなこと言われてもうれしくない!だいたい、パンダとかイルカとかいい歳して、そんな名前やめろ!」と素朴な心境をしゃべっていた。
たしかにずうっと年下だと思っていた人が60歳くらいになって、実は年下なんですとか言われても、えーっ!ってびっくりする以外ないだろう。
あとかぐや姫の「妹」「神田川」をやたらと物まね風に何度か歌って「あなたはもう忘れたかしら、ってもう忘れてるよ〜。」とか「妹よ 襖一枚持っていけ〜。」と歌ってめちゃくちゃ面白かった。
話の内容は来年のつま恋のコンサートへの意気込みとあと昔を振り返っているような言葉が多かった。
昔の自分は傲慢で恥ずかしい、VTRを見るのは恥ずかしくてしょうがない。本当はジュリーのようになりたかったのに、小室等さんに誘われるままフォークの世界へ行ってしまった。」
「自分は気づけば、友達がいない。バンドのメンバーや瀬尾さんはツアーの時はいっしょだけど、終れば会う事もなく、瀬尾さんとは長い付き合いだけど、僕のコンサートが終れば、中島みゆきのところへ行ってしまうし。」と言って少し中島みゆきの歌のまねもした。「僕も中島みゆきもそうとう気難しいおじさんとおば……、あ、中島みゆきはおじょうさんです。怖いからそう言っておこう。」と笑わせた。

私も本当の友達ってなにかな?と少し考えた。
拓郎みたいな有名人ならなおさら友達作りにしても難しいだろう。

話の内容は若かりし頃の反省、来年のつま恋への意気込み、友達がいない、と
この3つにまつわる話が多かった。
たくさん話していたなあと思う。

遠くても行ってよかった。
ただ、折角のビッグパンドのバイオリンやサキソフォンの音があのホールではいまいちだったと思う。
もう少し音の良いホールで聴ければ最高だったなあと思った。

清流 (音声のみ)
恋の歌 (オープニング)

恋唄
春だったね
今日までそして明日から
ジャスト・ア・Ronin
いつも見ていたヒロシマ
リンゴ
君が好き
唇をかみしめて
ハートブレイクマンション
Y
遥かなる
流星
せんこう花火
家へ帰ろう

夏休み (合唱)

花の店
虹の魚
時は蠍のように
全部だきしめて
今度はいったい何回目の引越しになるんだろう
大阪行きは何番ホーム
人生を語らず

(アンコール)
パラレル
落陽


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