a short piece

2005年01月02日(日) SALE ! SALE !【28】

こんなところ、正直誰にもみられたくない。

とにかくここは冷静に…。
冷えた壁にもたれかかり、ただひたすらに読書に勤しむ。
実のところ、中身は半分以上は頭に入っていない。
ええ、まったく!無駄な努力かもしれないが、それでもただ黙って立ってるよりはずっとマシだ。でも本当にできれば早々に帰りたい。
心からそう祈りながらも読み進めているのは『ハリー・ポッターと賢者の石』。
この2センチはありそうな文庫を掌に収めて平静を装う。なんで今更って言われても困る。クリスマスのプレゼントにと、妹におねだりされたのがこの文庫版セットだった。今、まさに第一巻。それを必死に読むふりをする。
21Pに挟まれた『豆ふくろう通信no.1』が、はるか先のページを捲ろうとする指を何度も邪魔してくれる。栞として使うには少々紙が厚いと思えた。
まったく。
正直にいってしまえばまさかこんなに混んでると思わなかった。
文列から視線をちらりと逸らし、周囲をみる。
きゃいきゃいとうるさい女の子たちの嬌声。何がそんなに嬉しいのか、どの声も喜色に満ちている。そう聞こえるのは単純に女の子の声が高いせいだけだろうか…?それとも我が妹の声が低いのか。
年明け最初の外出は妹に付き添ってのジュニアブランド福袋購入にきたのはいいが、まさかこんな光景に出くわすなんて。
京浜東北から降りて、SOGO前に来たときは愕然とした。
低い天井の構内いっぱいに人・人・人!!どこを見ても人が溢れかえっていて、しかもその大多数が女性もしくは女の子たちだった。
注連縄にも似た整理帯で整列させられて4列縦隊を延々と連ねる。私の後ろには40代くらいの父親がひとり。後ろには親子連れで、やはり父と娘が2人。前後ともに私より低い位置で会話をしている。
ここにひとりで立つには非常に目立つ身長をしているようだ。
ああ、はやく戻ってきてくれないだろうか?
一人でいるのはもう居た堪れない。せめて妹が一緒に立っていれば未だ絵図的にマシだ。

「おトイレにいってくる!」

そういって、彼女が出かけてもう15分。なんだか心配になってくる。
少し遅くないだろうか?この辺りには母とよく来ているから、迷っているということはない…と思うが、昨今色々な事件もあることだし、心配な部分もある。なんとなく不安感を覚え、周囲を見回す。
いくつかの地下通路がつながるコンコース。
今日は確か淡いグリーンのコートをきていたはず。雑多なパステルの色合いとキャラクターが混じりあった華やかな構内。
どこをみても似たような年頃の女の子が多くて見分けづらい。

「ひろちゃんー!」

聞き間違えるはずもない。呼ばれて奇妙なまでの安堵感とともに声のほうを振り替える。すると…アップルグリーンのダッフルコートを着た妹が連れられていた。
あ、

「よう」

…、ちゃー。
軽く手を振られて、めまいがする。
アンティークなチャコール色のレザージャケットにカラフルなマフラー。
シルバーボールのチェーンが腰で揺れている。
とうの昔に声変りしたくせにやはり高めのままの擦れたハスキーボイスが嫌味に聞こえる。よりによって何故またそんなタイミングよく徘徊してるんですか。反射的に顔を文庫で覆ってしまった。

「…ハリー・ポッター?」

慌てて、本を隠してしまった。条件反射とは恐ろしいものだ。
無邪気な妹はごくいつものままに笑っているというのに。


「人がいっぱい過ぎて判らなくなっちゃったの。そうしたら、におーくんにぶつかっちゃったの」
「そうでしたか。失礼しますね」

後列の方に頭を下げ、ロープを潜ろうとする妹を抱き上げて列に戻してやる。

「はい。本を返しますよ」
「どこまで読んだの?」
「120P」
「ええー!早いよーひろちゃん」
「…ひろちゃん」
「やかましい」

いつのまにか一緒の列に割り込んで、並んで3人。
居心地悪さ倍増で、気恥ずかしさを通り抜けて憮然としてしまう。
ああ。正月2日なんて出歩くものじゃない。
ニコニコと愛想のいい、めいいっぱい嫌味な笑顔を満面に称えてる彼。

「なんです?」
「いや。ええおにいちゃんやのう」
「当然です」
「えらい若いパパとか思うた」

語尾が震えてますよ。失敬な!

「ひろちゃん、あとどれくらい?」
「えーと9時スタートですよね?それなら後10分もないですよ」
「わあ♪よかったー♪」

喜ぶ吐息が白く洩れる。
不意に彼は自分が今までしていたトリコロールのマフラーをはずし、ぐるぐると妹の肩口から巻いてくれる。

「ありがとー! におーくん」
「いんや」
「すみません」

いつもより高いヒールの革靴を履いている彼の目線がちょうど同じところでぶつかる。2日と空けずに会った顔が狭い列の中、非常に近づく。ここだけ
4.5列縦隊になりながら手袋をしていない彼がコートの右ポケットに手を突っ込んでくる。

「おお、さすがあったかいの」
「いたずらしないように」

中に入っているのは携帯と。
みえない15センチの空間で冷えた指先が惜しみなく触れてくる。
あわせた指先から、届く鼓動。
無言で、ただため息だけ。
今年最初。

「あけましておめでとうございます、仁王くん」
「 happy new yaer♪柳生」

シャッターのあがる音がする。
新年の門松。もち飾り。そして、赤と白で、縁取られたSALE!のペーパーディスプレイが姿をみせる。
なんて俗な気持ち。
この高揚。

じゃあ、いってくるね。

目を閉じて、かわいい声を聞きながら微笑んでしまう。
手を振って、彼女の雄姿を見送りながら。

いきましょうか。

さあ、新しい一年もまたどうぞよろしく。




++++++
で、なにしにきてたんです?

福袋買いに(笑)

俗っぽい話ですね。

はい。


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