Jacarandaの日記
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2024年06月10日(月) 関節リウマチ 研究最前線 ーその1−

私の母は、関節リウマチを患い、若い時に初発で治療を受けたのち、
一時的に緩解していたが、更年期を迎えた頃に再発し、ずっと関節の痛みを抱えながら生活をしていたが、晩年は入院生活の末に亡くなった。

私の記憶と医学的な情報から、この私の母を苦しめてきた「関節リウマチ」の研究の最前線についてまとめてみたい。

今現在の私は、研究者たちの最前線の研究テーマを見ることができる立場にあるので、
このテーマを書くにあたっては、収集資料を医学的に正確に把握したうえで、偏らない形でまとめるつもりである。
ただ、何分、専門の医師でないので、医学的見地(特に臨床分野)については、現場の状況は把握しきれないというのは事実である。

関節リウマチは原因不明の自己免疫疾患であり、病態解明とバイオマーカー同定、個別化医療実装が不可欠である。


ということで、その1では、
私の母の闘病生活を私の記憶をたどりながらまとめていきたい。
一患者である母の病気の進行を客観的に見直してみたい。

獣医師として、働いていた中で、
私はどうしても母のこの病気の治療方法を確立して、母の苦しみを助けたいという思いが強くなってきて、医学部の編入試験を受ける準備をしていたことがあったことも、こうして記事を書き始めて思い出した。

医学部の編入を受け入れる大学は全国でも数が少なかった。
その中で、「大阪大学医学部」をターゲットにして、受験準備を始めた。
しかし、残念ながら結局は、熱意だけで終わってしまって今に至っている。
おそらく、その当時の私は、「公務員獣医師」という仕事に魅力がなくなっていて、
やりがいが薄くなってきていたころだったと思う。
それが、もっと「誰かのため」「母のため」「利他」の思いを仕事にしたい
という思いが強くなっていたころだった気がする。

結果的に、その私の「『誰かのため』「母のため」『利他』の思い」は、
国際協力という形で、開発途上国(アフリカ)の人々の生活向上という思いに代わり、獣医師として、アフリカ・マラウイ共和国に赴任していったのだから。
「母の病気を治したい」という思いはいつの間にか「自分ではなく専門の医学に携わる人にゆだねよう」という思いに代わっていった。

私が、アフリカやパラグアイ赴任中も母はその不自由な身体で暮らしていた。

※ ここまで、記事を書いたところで一旦 投稿します。
 ノートパソコンが故障してしまい、iPhoneでの投稿で
編集難しいので、日付もこのままでアップします。





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