mortals note
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2008年02月08日(金)

―――最後の質問なんですけども、先程、アニメ夜話をご覧になる方々というのは、そういう当時の時代と一緒に、あれがいかに画期的な作品であったのかを頭に入れて見ているとは思うんですが、一般の方というのは、どういうふうにとらえていけばいいんでしょうか。

唐沢「まったく新しいスタッフ、まったく新しいコンセプトで、リメイクではなくハイジを作る、ということならば、新しいものを作ってもいいと思うんですよね。見るほうが古いものを見る場合には、見るポイントをどうおさえるかによって、かなり変わってくると思うのね。漫画の実写化で、「唇からナイフ」っていうイギリスの漫画の実写化なんですよ。60年代ヨーロッパのコメディ映画というのは、今のハリウッド映画の文法と全く違うわけですよね。オシャレであればいいとか、漫画だからストーリーはつながらなくてもいい、というコンセプトでやっているから、今の人たちがみると完全に理解不能になってしまっている。「何かいいことないか子猫ちゃん?」「カジノロワイヤル」「マジッククリスチャン」だとか、当時はヨーロッパでは同じようなコメディはいっぱいあったわけですけれど、その文法の中で見ると、その中の一環としてみることが出来るんだけれども、いまオシャレ映画が全滅してしまった後でみると、何がなんだか分からない。何が面白いのかも分からないというぐらい、映画の文法や作品の文法というものが変わってしまっているということなんで。僕は、昔の作品を、オリジナルに近い形で鑑賞するということは、その時代にそれがどのように受け止められて、周りにどういうものがあったかということに意識を向けないと、ムリだと思うわけね。一番時間が経っても素直に見られる人間というのは、当時の雰囲気を知っている人間であって、しかもそれはノスタルジーが含まれているから、より一層その時代のものというのは、今なければないだけ、特異であればあるだけ、入り込めるんだけれども、そこらへんのために、『アニメ夜話』というのは、これから子どもに見せたい親御さんに、この時代の作品ってこうで、この作品のどちらかというと欠点とも言われる情緒さだとか、話の間にある間延びさとかいうのは、実は、親子で見るときに殺伐ではなく、しかも、親が色々と家事や仕事をしながらでも、置いていかれないように、少しストーリーに余裕を持たせているんだよ、とか。そういうことも含めて、その当時のつくりというものをおさえるというか。今のアニメというのは本当にアニメを見たくて見るマニア専門に作れているから、凝縮されているんですよ。あの頃のアニメを見てほっとするというのは、非常にのんびりと流れている。そういうテンポの差というのが、70年代のアニメであり、しかも、ストーリーをそんなにすっ飛ばさなくても、ちゃんと30分の中でディティールを見せる、アルプスの暮らしや修道院やヨーロッパの街並みや風物を見せるというぐらい、絵の技術というものが上がってきて、そしてそれを見せるということが、アニメのひとつの売りになった。アニメでここまでヨーロッパの暮らしというものがリ
アルに伝わるのか、というようなことができて、しかも家庭教師であるとか、お屋敷の暮らしであるとかが、女の子たちの憧れという時代があったわけで。今の子供たちってそんなにヨーロッパの暮らしに憧れたりしないでしょう。執事やメイドとかいう言葉も、全部品が下がってしまったし。ところがあの頃はやっぱりヨーロッパの暮らしというのは、豊かな暮らしだというのが、70年代の日本人にはあったんですよ。ヨーロッパのお屋敷の暮らしが、日本人が考える金持ちの暮らしというものの典型だということがあって。だから、あの頃少女漫画を見ると、日本なのに暖炉があって、ガウンを着ていたりして。ガウンというのは、ヨーロッパの寒い気候の中だから、暖炉は周りしか温まらないから着るものであってね、日本の冷暖房が効いているような部屋でね、別にガウンを着る必要なんてないわけ。でもあの頃は、そういうアイテムを持ってこなければ、優雅な暮らしというものが分からなかった。そのあたりの背景を親が理解した上で、説明しながら子どもに見せる、ということをやっていくと、初めてそこで世代のつながりというものになるんじゃないかという気がしますよね。特にファミリー劇場の場合、この作品が生まれ出たのは、単なる奇跡ではなくて、カルピスの社長が、親子にいいものを見せたい、ということで、一社提供であって、だからこそ視聴率があんまりふるわなくても、話が悠長であっても、いいものであればいいというスポンサー側の理解によって、続いたのよということなのね。だからこれは、演出力不足で間延びしているんじゃないのよというところですよね。あれを見ていた70年代の家庭というのが、本当にまだ、お母さんは家事が忙しいという時代であって、でも、台所から色々なものを運んできながら、「あら、クララが立つの、いいわね」と相槌をうてたりする、というのが、
今の家庭とは全然違うわけですよ。夜の7時台に放映された作品を、朝に見るとか、ビデオで夜中に見るとか、そうなってしまうと全然違ってしまうわけなんですよ。それを見た当時の、日曜日の夜というのが、一体あの頃の家庭ではどういう時間だったか。皆が家にいたんですよ。だから、そのような視聴者を対象にして作っているのよという。アニメ夜話をやっていて、ふるいアニメをただ単に作品だけで褒めるんじゃ駄目だということをつくづく感じるんですよ。作品を享受してきた我々までを含めて、初めてそれが文化になるんじゃないかな、と。芸術はそれだけで芸術なんですよ。でもそれが文化になるためには、それを享受していた層というのはどういうものなのか。今でも名画は名画だけれども、それが昔大金持ちの家をパトロンとして、囲われていて、その屋敷に飾られていたものと、それから美術館に飾られて、貧富の差なく一般人が見られるようになったものとの違いというのはどうなのか、との違いというのはどうなのか、と。『フランダースの犬』なんて貴族の時代が終わりかけていて、美術館や教会に名画が飾られていて、それをあの貧乏な少年のネロでも見ることが出来るようになったという、そういうような世界観というものを理解してみるのと、そうでないのとでは作品の真価というものへの理解も変わってきますし、少なくともアニメ夜話で懐かしい作品を語るときには、何故この作品が名作足りえたのかというのを語るときに、氷川竜介さんのアニメーションの技術解説というのがひとつの理解する方法だとすると、もうひとつは、それが受け入れられた時代の日本人の家庭、主な視聴者の家庭というものが一体どういうものだったのか、ということを考えないと、なんでこの作品が、今に語り継がれる作品になっているかということの、本当の理解は、実は技術的や演出的なことや、製作者側がどんなに大変だったのかということでは、半分しか語られていないということですよね。何故カルピスがファミリー劇場というものを押し出したかというと、あの当時、核家族化、家族達それぞれの個別化というのが顕在し始めた頃で、それは、この時間はお父さんの、この時間は子どものチャンネル権があるという時代ではなく、ポータブルテレビというのがどんどんと普及してきて、本当に77年のあたりのところでアニメが余りに増え、大人たちが見る時間というのを侵食しすぎて、親達が怒る。じゃあどうするかというと、ポータブルテレビを自分の部屋に置いて、そこで自分は自分たちの番組を見るという、見る番組が家族によって変わってきはじめた、そういうことが可能になった。ひとつの家に、大きなテレビと小さなテレビを二台置ける、個人がテレビを所有するという時代になってきていた。変な話、それを促進したのがアニメブームだったんじゃないかな、と思うんですよ。ビデオがあんなにも促進したのも、あのころアニメオタクになりかけの学生達が、これは記録しなくては! と本当に努力して買った。僕は今書庫の整理を進めているんですけども、ベータのビデオがどさっと出てきたんですよね。これを捨てようとは思うんだけれども、捨てる前にこれなんだったかな、というのが
一杯あって、とうとう新しくベータのビデオを買ったんですよ。それで、こんなのを撮ってたんだ!とやっぱり見ちゃうんですけどね。整理にならないというか」
―――昔の漫画を捨てようと思って、結局読んじゃうみたいなかんじですね。
唐沢「そうそう、大掃除の畳替えってね、これも通じなくなってしまったけれども。昔は畳の下に新聞紙が敷いてあって、それを大掃除のたびに読んでしまうっていうね。それと同じような状況になってるんですよね、今。ふと思い出して、あの頃僕はベータのビデオを定価27万8千円ですよ。僕これをバイトで買ったんですよね。今のわたしに本業以外のバイトで27万8千円を稼げといわれても、そういう根性はないですよ。弟も貯金を吐き出したんだろうけど、よくまあ。今でも覚えてますよ、秋葉原までいって、一番やすい25万ぐらいで買ったんですよ。郵送料ももったいないから、重いものを担いで阿佐ヶ谷の下宿まで持って帰って、腰を痛めたことまで覚えてますよ。でも、要するに記録できるようになった、ということはいつでも見られる、ということで。更に個別の部屋で見られるというときに、実は、アルプスの少女ハイジをはじめとする、カルピスのファミリー劇場というのは、そういう風潮に異を唱えた作品なんですよ。世界の名作といわれる作品を、親子で見ようと。笑いとかよりもむしろ感動を与えようと。そしてそれを親と子のコミュニケーションにしよう、つまりコミュニケーションにしようと思って作品を作らざるを得ないほど、親子のコミュニケーションが薄くなってきた時代である、と。そういうものを、あの頃の親子の関係を本当に薄くしたオタクたちが今になって語るというのは本当に皮肉なんですよね。実は親子で見ていた人たちに語って欲しいんだけれども、そういう人たちは語る言葉を持たなくて、語るのは、家族の構成というのをどんどんと薄くしていったオタクが、こういうものを語るという、今とても皮肉な状況になっているわけなんですけれども、ただ、本当に思うと、あの時は、技術的、複雑な絵を動かしたりだとか、いくつも絵の家の中の道具を動かすことができたりだとか、コンピュータを使って計算が出来るようになってきた時代だった、作画技術も撮影技術も演出技術も、ぐんと格段に上がってきた。今に至るオタク的なアニメの基本を作った、その基本が皮肉なことに使われた一番最初の作品というのが、それを将来享受すべきオタクたちではないひとたちに向けてだった」
―――お話をうかがっていると、さっき僕が「今だからこそハイジのような作品を」といったのは、時代的には無理だってことなんでしょうね。唐沢「完全に再現するのは、まずむりでしょうね。もはや家族でアニメーションを見ると言ったって、親子といってもお母さんと子どもなんだよね。なぜかというとアニメは朝やるものになってしまったから。お父さんはまだ昨日の疲れや二日酔いが残ったりして寝ている時間なんですよ。日曜日とかは。早く起きるのは、子供たちを塾に出したりだとか、学校の行事に出したりしなければならない、朝起きる子供たちに朝ごはんを作って食べさせる、お母さんなわけで。だからこそ、お母さんに向ける声優であるとか、イケ面俳優であるとかにどんどん力を入れて、そうするとお母さんたちが、昔の学生時代にガンダムやなにかでキャーキャーいってたものがもう一度戻ってきたものなんですよ。少なくとも、ハイジを今やるだけではなくて、あの頃の家庭を再現しなければ、あの頃の感動というのは本当は復活しない。だから、言葉をキレイに美しく、「ハイジのの楽しさというのは今でも時代を超えて子どもたちにも伝わるんですよ」といいたいところなんですけど、同じものではないと思いますね。ましてやワンセグを以って見るにおいてをや。それはハイジの見方じゃないよ、ということなんですよね」
―――一家に一台のテレビによって集まって見る、という。
唐沢「あれがあったからこそ、大人も子どもも同じ番組を見るということで、子どもは大人の番組を見るときに少し背伸びをする。大人は子どもの番組を見て、これはどういうことなの、と問いかけをしたりする。それによってのコミュニケーションの場になるという。それもまたヤッターマンと同じような形で時代が流れていく中の、本当にあの時代に限定されたものだったのではないのか、と思いますね。」


如月冴子 |MAIL

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