草原の満ち潮、豊穣の荒野
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25 焔の鳥〜カノン

地上にて。


その街には鐘の鳴らない塔がある。
以前はいつもそこで時を告げていたが
今は入り口すらない。

扉は塗り固められ何人たりとも出入りする事はできなかった。
そして近付こうとする者もない。
ただひとり飲食物を運ぶ者以外は。



カノン、邪眼を持つ子供がそこに幽閉されて半年。
三日に一度固いパンと飲み水
いくらかの干し肉と果物が運ばれる以外
彼は誰にも会う事がなかった。

暗い塔の一室でほとんどの時間を読書して過ごす。
頂上へ行けば空を見る事もできたが
惨劇の跡に踏込むのは鬱陶しかった。

片目には邪眼の呪力を封じる眼帯。
7歳の少年は一気に視力を落としてしまった。

仕方なく彼は窓辺に寄って暮らした。
蝋燭も限りがある。
彼は春暖かい季節が来るまで
寒さに身を縮めながら本を読み続けていた。




そんなある日。


食事を運ぶ下男が食堂に駆け込んで来た。


「どうした?」

「と...鳥...鳥が!!」

「鳥?」


丁度居合わせた司祭が引き摺られるように
塔へ連れて行かれた。


「私は休憩中なんだ、厄介事なら...」


彼の手から持ったままのパンが落ちた。
ふたりは塔の前で中程の窓を見上げて固まってしまった。


「あ....ああ....」


呆けて見上げる顔が赤く染まる。
夕方近い空を背に巨大な鳥が塔を覆っていた。
止まるでもなく飛ぶでもなく、赤く焔のように
燃え上がる翼を広げ、塔を覆っては消える。


「はじめは火事かと...」

「馬鹿!あんな火事があるもんか」

「し....しるしでございます。
あれは焔の女神の聖獣に違いありません」

「そんなバカな。中にいるのは悪魔の目を持つ
....だぞ」

パンを落とした司祭が急に声を落として答えた。




「しかし....なんて明るい火なんだろう....」

「魔物にしてはあまりにも.....」




赤い鳥の翼は様々な赤に燃え上がっては消え
また現れる。あらゆる焔の色を全身に纏い
その身を塔に通過させ消え現れる。

いつしか塔の周りには異変に気付いた人々で
ひしめいていた。















〜ある思惑のこと〜左の氷青




「本当ですか?!あの子供の左目が浄眼だというのは」

「司祭長殿が直々に確認されたのだ。
中央神殿から来られた数少ない浄眼者の調査ならば
間違いあるまい」

「信じられない。選りによってあの邪眼持ちに...」

「精霊招喚の呪歌など誰が7歳の子供に教える」

「はあ...」

「善き者が視えたと言うだけならともかく。
あんなにも鮮明な形で証明されては信じる以外ない」

「魔....ではありませんか」

「例の鳥がなんだか知っているか?」

「いえ、見ておりませんので」

「この目で見ておらねば私も信じ難い」

「.....と申しますと?」

「宝物殿に祀られた聖獣像そのものだ。
門外不出の秘宝が現われたとあらば....」

「....はあ.....」

「....何故、黙っていたのでしょうか...」

「殺された神官達の所行は知っているな。
邪眼を恐れての事とは言え、公に出来る話ではない。
嫌でも保身の智恵程度はつくだろう。あの全身の傷のおかげで
他の者達まで虐待に加わっていたのではと疑われる始末だ。
殺されてくれてむしろありがたい」

「責任はすべて死人ですか」

「....嫌な物言いだな」

「貴方がおっしゃった事をありのまま述べているだけですが」

「貴様の慇懃無礼さには定評があるからな」

「どちらの定評やら是非ともお教え願えましょうか」

「そこなお二方、つまらぬ揉め事はこの席に無用。
浄眼をどう扱うか、それを優先して頂きたいのだが」

「貴重な浄眼ですぞ、しかも司祭長殿でさえ
一方的に見るばかりがやっと。
ましてや善き者が呪歌を教えたなど前代未聞では
ありますまいか?。邪眼さえなければ喜ばしい逸材であったものを」

「人殺しですからな....」

「人ならざるモノを視るは、迷う魂を導く事。
ものの本質を見抜く事....浄眼は女神が与えし聖なる力。
利用価値はかえって高くなるかと」

「つまり?」

「悪しき道から神の道へ。
これこそ好都合というものではありませぬか?
かけ離れている程、市井の心を捉えられるかと存じます」

「ではあれを聖職者に?邪眼もまだ扱いあぐねているのでは」

「子供を導く程度も難しいと?」

「5人殺めたのですぞ」

「それが神に仕える者の言う事ですかな」

「当事者ならざる者は口だけですむ」

「臆病者の詭弁はけっこう」

「いいかげんにしろ。揉めるのは勝手だがあなどらぬ事だ。
貴殿らがあの惨劇の二の舞いにならぬ保証はない。
それだけは肝に銘じられるがよかろう。
学ばせて殺めた罪を悔いる者となるか
隙あらば己の力を行使する殺人者となるかは
導く者の器量による」

「....では本人に学ぶ意志の確認を...」

「選択の余地はあるまいがな....」















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