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ムシトリ日記
加藤夏来
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2006年02月21日(火)
好きなものの話

再びナルニアの話です(一ヶ月くらい楽しみにする気でいるらしいですよ!)

今度はナルニア王国の創世記にあたる「魔術師のおい」から、この世界の始まりから紛れこんだ宿命の悪であるところの魔女の話です。
この巻に出てくるチャーンの女帝ジェイディス、もうすぐ公開の(一分幸せにひたる)「ライオンと魔女」でまさにタイトルになっている冬の魔女、「銀のいす」の黒幕、エチン荒野の緑の貴婦人と、ナルニアクロニクルにはつごう三人の魔女が現れます。いや、この三人は実は同一人物であるかもしれず、ことに前の二人は設定上同一人と明言されているのですが、各巻がそれぞれ独立している構成から言っても別に扱った方がいいでしょう。

ジェイディスは自分の王国を滅ぼした女帝です。実姉と玉座を争ったという経緯はともかくとして、いざ陥落となったときに敵の手に渡すよりも自分以外のものの滅亡を願い、死の国と化したチャーンの廟所でいつ果てるともしれない眠りについていた女です。言わば、エゴイズムの具現化した姿と言えるでしょう。

彼女はその点については誰も口を挟みようがないほど堂々としており、威厳に満ちて、余人には耐えることもできないような孤独の中に厳然と立ちつくしています。C・S・ルイスの女性(特に大人の女性)の書き方については、かなり厳しい意見もありますが、少なくとも敵役としてジェイディスは少しも薄っぺらな存在ではないと言い切ることができます。

間をすっ飛ばしますが、ジェイディスは結局ナルニアを立ち去るものの、無視できないほど強大な力を持った魔女となって長くこの王国を苦しめることになります。彼女がそんなにも大きな力を持ってしまったことに、どうしても納得がいかない主人公ポリーとディゴリーに対して、この世界の絶対者であるアスランは以下のように教えます。



「魔女はその心の欲を満たした。女神のように、うむことのない力と尽きない命を得た。しかしいまわしい心を抱いて生きながらえることは、それだけ苦しみが長びくことだ。魔女もすでにそのことをさとりはじめている。ほしいものはなんでも手に入る。ところがそれが、いつまでもすきでいられるとはかぎらないのだ」



これが魔女に与えられた罰だとすると、こんな恐ろしい罰はない、と私は思います。ジェイディスは疑いもなく、それによって自分を呪ったり、生きることを諦めてしまうような弱い女ではありません。それはそれで一個の物語だと思います。しかし、この際は彼女が強い人間だということが、最も惨い罰を成立させているいうことになるでしょう。

何でも手に入るが、その中に本当に好きになれるものは存在しない。これは現代であれば、ほとんどの人が小規模に体験したことのある感情ではないでしょうか。世界にはあらゆるものがありますが、そのどれも好きになれない、価値を見出せないとなれば、すなわちその人を取り巻く世界そのものから価値が無くなります。それはとりもなおさず、その人の生きている時間に価値がなくなること、その人自身に価値がなくなることです。

毎日の暮らしの中に、好きな人、好きなもの、好きなことの数を数え上げてみてください。特に好きな人の数を数えてください。上記のような理由で、私は『それがあなただ』と言い切ることができます。

好き、という気持ちを大切にしてください。
別の言葉では、それを愛情と申します。
これは決して奇跡を起こすことはありませんが、奇跡よりも重大な価値を持っています。