ギネコ

2004年07月17日(土) しんちゅうの弁当箱

家族からいわれるんです。
「お父さん、もっと、ゆっくり、食べてよ」

なぜ、がつがつ、急いで食べねばならないのか。
きっと、そのルーツは中学生のころにあると思うんです。

中学生のとき、昼食はみんな、弁当を持ってくることになっていました。
6人が一組の班をつくって、机を寄せ合って、弁当をひろげるのです。
こちら3人は男子。向こう側が女子です。私の向かいには、光浦をガリガリにしたようなトリガラがいました。ヤセ光浦はアルミの弁当の蓋をたて、ベルリンの壁をつくっています。「私の弁当の中身を、みるんじゃないよ。みると、死刑だからね」まるで、東ベルリンの兵士みたいなセリフです。

「くそったれ、誰がみっか」といって、ぼくはバスケットボールのように大きなやかんのお茶をとりに行きます。帰り際に、遠回りして、肩ごしに、そこはかと、のぞいてみたくなりました。タコのウインナー、厚焼き玉子、鳥のからあげ、などなど。非常にカラフルな弁当定番メニューです。

お弁当には、それぞれのお家の事情が如実に現れるのです。
お弁当を見ることは、台所を見ることであり、冷蔵庫の中をのぞくことであり、まさに、夕べの食卓が、朝の食卓が、弁当の中に凝縮されているのです。だから、クソ光浦のいうように「みると死刑だからね。」となるのです。

ぼくは、弁当の時間がきらいでした。
弁当の中身を知られるより、弁当箱そのものに非常なコンプレックスを持っていました。みんなは、きれいなアルミの弁当箱です。そう、アルミといえば、当時流行の、冷ややかに光る最新の金属で、アルミの弁当箱といえば、戦後日本が復興しようとする勢いを現している最新鋭の一品なのです。

でも僕の弁当箱は、戦前の代物。
「しんちゅう製のペコンペコンにへっこんだ小判型の弁当箱」でした。

僕の記憶では
それは、深さ5cmはありました。
日露戦争に行った爺さんがよく使っていたらしい一物です。
しんちゅう製で表面はペコペコにゆがんでいるため、光が不自然な反射光をかもしだして、おちぶれた平家のような金剛色にひかっていました。

「アルミ製の弁当箱がほしいよー、」と泣き叫びました。しかし、戦争中、焼夷弾をかいくぐり、防空壕を走り回った経験をもつ母にとっては、僕の声はジーパンの上から蚊がさしたくらいのもんです。その代わり、弁当の中身は、極上でした。「ゆうべの晩のおかずよ、こんにちは」ということはありえないのです。朝早くからおきて、すべて、手つくりです。冷凍ものはありえません。

毎日、お品書きが違うのですが、おぼえているのは、「ひじきと厚揚げのにもの、やきざかな、昆布のだしまき、ほうれん草のおひたし、とうふの白あえ、きんぴらごぼう、きゅうりの酢もの、自家製つけもの、魚の煮付け、くぎ煮。」
なんか、「お父さん」の好みそうなものばかりです。そう、昔から、親父は弁当持参の職場だったので、弁当の中身は親父向けのメニューだったのです。ですからタコのウインナーに遭遇したことはありません。それは異次元の世界なんです。
じつは、そんなお品書きの弁当の中身が、あまりに、おっさん系なのが、恥ずかしかったのです。

ぼくの外見は、おっさん顔。中学生1年生で高校生に間違えられました。弁当箱も、おっさん。弁当の中身も、おっさん。これは、いかにも、はまりすぎる。おっさんづくしはあまりに危険すぎる。それゆえ、弁当速攻攻略術を編み出したのです。

弁当箱を開けると、おっさんぽいおかずを口にほうりこみます。噛むことなんかしません。それが侍というもんです。ごっくん、ごっくんとのみこむように平らげるのです。そして、最後に残った、白ごはん(上には旅の友がかけてある)を、一刀両断するのです。

3時間目の休み時間にたべてしまうという裏技もありますが、究極の必殺技は、非常な危険を伴います。しかし、勇気を持って、実行に移さねばなりません。授業中に本をたてて、弁当を広げて、すべて食べつくすという技です。同志の中には、教師の鋭い視線の矢に、討ち死にしたものもおりました。弁当箱と中身を見られまいという思いが、自然といろんな技をあみだしていったのでした。

ところで、クソ光浦のとなりには、細川ふみえから巨乳をとった感じのマドンナがおりました。ぼくにとっては、高嶺の花で、口をきいたことは、「おはよう」くらいのもんです。プライベイトの話なんか、してくれません。それがある日の弁当タイムのとき、マドンナ細川は、「I君(ぼくのこと)のべんとうっていつもおいしそうね」っていってくれたのです。
ぼぼぼぼぼぼぼっくの、ぼくの弁当が!おいしい?!
おっさん弁当を、おいしそうっていってくれた!「いつも」ですよ。いつも!

「神様、ほんとうですか」
「母上、ありがとうございます。」
「これで、拙者も弁当速攻攻略術を封印できるかもしれない。」そう思いました。



ずいぶん、実家にはかえっていないけど、
ほんとに、おかあさん、ありがとう。
はずかしくて、昔はいえなかったけど、おかあさんのお弁当いつもおいしかったよ。

PS:長年つちかわれた弁当速攻攻略術はいかんともしがたく、その後も続き、現在にいたっております。


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