SS日記
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2004年10月20日(水) 空の境界 1

それは橙色に染まるグラウンドにおいて、酷く不釣り合いな光景だと阿部隆也は思った。



両脇を歪に白線で囲まれたグラウンドの中央、小高く盛られたマウンドの上に榛名元希が立っている。
榛名が背に宿す番号は『1』。
投手であり、エースでもある榛名がマウンドに居るのはごく当り前の事だ。
にも拘わらず違和感を覚える事が、阿部は幾度となくあった。
それはこんな血色の夕映えの中だったり、試合後の喧騒の中のほんの瞬間の事だったりするのだけれど。

そんな時、決まって榛名はここでない、遠くを見ている様に黒瞳を馳せ、その場に佇んでいた。

「―榛名さん」

焦れた様に声をかける。
が、返事は無い。
まるで息をする事すら忘れたかの如く、榛名は身動ぎ一つしない。

「元希っ、さん!」

怒鳴るように名を呼ぶ。
振り返り、僅かに目を見開いた後二、三度瞬かせてから榛名はにやりと口端を吊り上げた。
暴虐な程真っ直に阿部を見る、その姿からは先刻の違和感は消えていた。

「なんだよ?」

問われ、焦る。
何故声をかけたのか、阿部本人にもわからなかった。
思考が、白く染まる。

「―もう、遅いから。帰らないと」

無意識に口を吐いた言葉に、阿部はその理由を思い出した。





―そうだ、早く帰らなければいけない。
家へ。
安全な場所へ。


早く。


帰らないと 帰らないと 帰らないと 帰らないと





掌をじわりと汗が伝う。
冬の日は短く、空を闇が覆い始めていた。

「わあってるよ」

笑み、阿倍の肩を軽く叩くと、榛名は一人更衣室へと歩き出す。
その背を、一つ息を吐いてから阿部が追い―、無人のグラウンドにはただ捕り損ねたボールだけが残された。


touya |MAIL

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