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2003年06月08日(日) 昔話と昨日の話

最初の美大受験は惨敗。
浪人時代を立川美術学院(通称・立美)で過ごし、
今の武蔵野美術大学映像学科の自分がいます。


ほんと、立美講師の方々には申し訳ないほどさぼってました。
親にも顔向けできないくらい、さぼってました。

さぼって自作自演ビデオを作ったり、写真を撮ったり、
女の子にちょっかいを出してふられたり、美術館に行ったり、
椎名林檎と宇多田ヒカルに会いたい一心で東芝EMIに押し掛けたり、
女の子と朝から弁当作って多摩川でピクニックしたり、
佐内正史とくるりの岸田君のトークを聴きに行ったり、
先輩の浮気疑惑(じゃなくて事実)をもみ消したり、花火見たり。

そういうことで一年が過ぎました。


気が付けば偏差値は35のまま。
偏差値35からの大学受験じゃなくて、偏差値35の大学受験。

そんな僕が武蔵美の受験を終え、立美に帰って最初にやったことは、
なんと英語の勉強でした。遅いっちゅうに。いや、来年のために。

戦友のK君に笑われました。

でも、結果は合格でした。恐いもんです。
英語がどうして通ったのか、未だに謎です。

それ以外は、論文だったり実技はものすごく自信があったので
「これで俺を落としたら武蔵美はバカだ」とか言ってました。
英語の不出来は忘れていました。

でもこういう、立美的には変種の僕は何の参考にもならないどころか、
むしろ悪影響なだけなので、新入生用のガイドブックには掲載されませんでした。


立美にはほとんど行かなかったけど、立美は好きです。

立美にいなけりゃ受からなかったのも事実だし、
面白い友達にも会えなかったし、ここまで写真好きにはならなかったかもしれません。

ほんと、出会いの場だと思えばいいです。出会い系学校。
実はこのことの方が、合否以上に大切だったりするんだなぁと、しみじみ。


問題は課題で、受験が迫ってきた頃は「今日は1位を取ってさっさと帰るぞ!」と
言い聞かせた日だけは1位になってました。でも、早く帰らなくてもいい日は
「じっくり練るぞ〜」とか思って、低い評価をくらったもんです。なぜか。

短時間が向いてたのかもしれません。だから受験でもささっと出来たのかな。

受験当日の実技試験は、どういうわけか10分くらい余っちゃって、
後ろのS君に話しかけたりしてました。S君はまだ終わってなかったので
相当ウザかったと思います。ごめん。S君は別の大学へ行きました。ごめん。


立美はひとつの財産だと思います。
けど、ほんと課題の点数はひどかった。

一回、先生に「ソレ、捨てた方がいいね」と言われて、
まったくだと思った僕は画用紙を破り捨てました。4点とか。

「五感を全て使って物語を書け」という課題なのに、「聴覚 無し」と
書いて怒られました。ここまでくると馬鹿だな。


ま、こういう話はいくらでもあるので、この辺でストップします。


ところで昨日も、べーやんと外食。
三日連続です。

チーズフォンデュにオムライスに沖縄風豚の角煮。。。
どれも美味でした。

そもそもは、「エクスペリメントイ」というバンドのライヴを見るために、
渋谷に行ってきたのです。めちゃくちゃかっこよくて、鳥肌が立ちました。
凄かったなぁ。ギターもドラムも、もう壮絶。ため息が出ました。

あんな素敵なバンドを紹介してくれた彼女に感謝です。




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