ひとりごと
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突然の再会 2005年01月14日(金)

なんとかうまく着付けができて、髪も1度で決まって
今日は早く家を出ることができた。
暖かい柔らかい陽射し。
お初釜日和。
雨男の先生の力に、晴れ女の私が勝ったようだ。

電車を降りてぱたぱたと草履を鳴らして歩きながら、
もうひとりのお茶の先生のことをふと思い出していた。
20年前、私に最初にお茶の手ほどきをしてくださった先生。
おっとりと優しくて、でもきっちりと厳しくて、お話が楽しくて、大好きな先生だった。
結婚のために退社するときに、今の先生を紹介してくださって、
そのときに先生の家まで送っていただいて以来、もう十年以上お会いしていなかった。
大きなお茶会などでちらりと姿を見かけることがあっても話すことはなかった。
それでも毎年、近況を書いた年賀状を交換していたのに、
今年は先生からの美しい絵の描かれた葉書は届かなかった。
それがとても心配で気にかかっていた。
たしか先生もこの街にお住まいのはず、お元気でいらっしゃるのだろうか。

考えながらぼんやりと歩いていたら、目の前に小瓶が突き出されていた。
反射的に瓶を受け取って見あげてみると、そこはドラッグストアの前。
私は新発売のドリンク剤の試飲をもらっていたのだ。
きゃー、一張羅を着て、街中でドリンク剤を一気飲みするの?
どうしよう、と思ったけれど、お店の人はにこにこと説明してくれる。
「おいしいピーチ味、女性に嬉しいコラーゲンもたっぷりですよ。」と。
これからのお初釜は4時間以上の長丁場になる。
まだ時間もあるし、ここで栄養補給をしておくのもいいかな、と思い切ってぐいっと仰いで飲んだ。

「おいしい!」思わず言ってしまった。
「そうでしょう。ありがとうございます。今なら10本入りで1600円。一箱買ったらもう一箱おまけ!」
と、お店の人は勧めてくれた。
でもさすがに、ドリンク剤の箱を2つ抱えてお茶に行くわけにはいかない。
「もしかしたら、帰りにでも寄りますから。」と、遠まわしにお断りしながら
店の前の備え付けのゴミ箱に瓶を捨てに行った。

さあ、行かなくちゃ、と道に出ようとしたとき、同じように上手に瓶を渡されて
ピーチ味のドリンク剤を飲んでいる初老の女性がいた。
「いやだわ〜。私、ドリンク剤って飲んだことがなかったのよ。」
ころころ笑う声に聞き覚えがあった。
え?と思って顔を見ると、髪はあのシニヨンではなくショートカットだったし、
服装もお着物ではなくコートとスラックスだったけれど、間違いもなくあの先生だった。

「先生!」と思わず大きな声が出た。
瓶を持ったまま、振り向いた顔が一瞬驚いて、そして笑顔になった。
「まあまあ、こんなところで!あらあらあら。」
私は先生に駆け寄って、手袋の手を握った。
「先生!ずっとお会いしたかったんです。今だって思っていたんです。会いたかったんです。」
先生は懐かしい笑顔でうなずいた。
「まあ、ほんとにねぇ。…ここは寒いわ。あちらに行きましょう。」
と、先生はおっしゃって、私たちは手を取り合ったまま、ドラッグストアの前の陽だまりに出た。

「お着物、素敵ねぇ。今日は何?」
「お初釜です。先生、まさかお会いできるなんて。夢見てるみたい。」
「そうねぇ、ご無沙汰しちゃってごめんなさいね。お初釜なら早く行かなくちゃ。」
「いえ、先生、まだ早いのです。お元気そうで嬉しいです。」
「ごめんなさいね。もうみなさんとご無沙汰しちゃっているのよ。いろいろあってね。」
と、先生はゆっくりとおっしゃった。
「主人がね、亡くなりましたのよ。それで私、引っ越して一人暮らし。小さいところに住んでいるの。
足が悪くて座れなくなったから、お茶もやめてしまったのよ。」
私は声を出せず、その手を握ったまま先生を見つめた。

「だからね、今までお付き合いしていた方とはもう会わなくなっちゃって。
主人が亡くなって、そのとき、私も死んでしまったの。」
と、不思議と明るい声で、先生はおっしゃった。
胸が詰まった。
「いやだ。先生、死んだなんて言わないでください。いやです。元気でいてください。」
ぼろぼろと涙が出てきた。
「先生、死なないで。まだまだ元気でいて…。」
私は道端で泣きじゃくっていた。

「あらあら、駄目よ。おめでたいお初釜の前なのに。ね。大丈夫よ。
死んだって言っても、ほら、こうして生きているでしょう?大丈夫だからね。」
先生は笑いながら背中をさすってくださった。
私は涙を拭いて、我に返って恥ずかしくなった。
「ごめんなさい。私ったら子どもみたいに。もういくつだと思います?」と照れ隠しに笑った。
「変わらないわねぇ。いいわよ。あなたはそのままで。嬉しいわぁ。」と先生は歌うように言った。
「遅れたらいけないから歩きながらお話しましょう?こちらでいいのよね?」
先生は先に立って歩き出し、私も横に並んで歩いた。
早咲きの梅の香りがする明るい道を、ゆっくりと歩きながらいろいろなお話をした。

「それにしても、お茶、続けているのね。嬉しいわ。」と、
先生は私の姿を改めて見ながらおっしゃった。
「はい、おかげさまで続いています。もう始めてから20年になるのですよ。」
「お茶はいいわよ。私は足がこんなになってしまってもうできないけれど、あなた一生できますよ。」
先生は張りのある声でおっしゃった。
「はい、そうですね。ここまで来たらやめられません。ずっと続けますね。」
私もうなずいた。
その一生続けられる世界に導いてくださったのは、目の前のこの先生なのだ。

「本当におどろかせてしまってごめんなさいね。大丈夫よ。
今までの私はいなくなってしまったけれど、こうしてこれからも生きていきますからね。」
先生は軽く自分の胸をたたいた。
「今日だってね、『ハウルの動く城』を観に行こうかしらって思っていたのよ。」と、先生。
「『ハウル』!いいですよ〜。是非是非ご覧になってくださいね!ご一緒したいくらいです。」
ほとんど本気で私は熱を込めて言った。
「そうね、また何かのときにご一緒しましょうね。」
「そうですよ。先生、またお会いしましょうね。お元気でいらしてくださいね。」と言うと、
「そうね、なんとかやっていきましょう。あなたも元気でがんばってね。」と先生は言った。

曲がり角に来て立ち止まった。
「それではね。私はこちらへ行くから。あなたはまっすぐよね。またね。お会いできてよかったわ。」
先生は手袋をはずして、手をこちらに差し出した。
「はい。またお会いしましょうね。今日は嬉しかったです。」
私は先生の小さな柔らかい温かい手を握った。
先生も強く握り返してくださった。
「それではね。」と、先生は一言おっしゃると、角を曲がって歩いていってしまった。
振り返りもせず、行ってしまった。
先生らしかった。
もう一度角を曲がって、その姿が見えなくなるまで私は手を振っていた。

その道をまっすぐ歩いて、お初釜のある先生の家にすぐに着いた。
ちょうどいい時刻になっていた。
ぼちぼちと、ほかのお仲間も集まってくるところだった。
まるで夢を見ていたようだ。
ちょっと悲しい清々しさと、温かくなるような嬉しさが胸にいっぱいだった。

先生は『ハウル』をご覧になっただろうか?
今度思い切って電話してみよう。
2月にあるボタニカルアートの展覧会の招待状も出してみよう。
先生に見ていただくのだったら、がんばって描かなくては!
これをきっかけに、先生ともっとお会いできるようにしたい。
前の世界からはいなくなってしまった先生と、
これからは違う世界でお付き合いできるような気がする。


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