ひとりごと
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| さようなら私のピアノ |
2004年12月29日(水) |
小さな姪がピアノを習い始めると聞いて、 私の電子ピアノをあげることにした。 この頃あまり弾かなくて、すっかり飾り棚と化していたのだもの。 それを姪が喜んで弾いてくれるのなら、私だって嬉しい。 迷いはなかった。 ちょっと寂しいけれど、惜しいという気持ちはなかった。 おずおずと相談すると、夫も快諾してくれた。 そして今日、初雪が降ったこの日、私はピアノとさよならをした。
義弟が甥をお供に連れて、父の大きな車で取りに来ることになっていた。 「そろそろ家を出る」の電話を聞いてから、私はそわそわと落ち着かなくなった。 ピアノをきれいに拭いた。 久しぶりに楽譜を出して、ヘッドフォンなしで弾いてみた。 お隣の小学生のお嬢さんの方がずっと上手なのが恥ずかしくて いつもヘッドフォンをつけてこっそり弾いていたのだ。 窓の外はしんしんと降る雪の静かな青い景色。 たどたどしい旋律が、明かりをつけたリビングに響いた。 聴いているのはインコが1羽。 ページをめくって、懐かしい曲を弾き続けた。 あぁ、もう少しでこれも弾けるのに。 もっと練習したらよかったな。
雪が降っているのに、思ったよりも義弟の到着は早かった。 まだ一番好きな曲を弾いていなかった。 でももうおしまい。 電源を切って、パタンとふたを閉じた。 義弟はお茶も飲まずに、すぐにてきぱきとピアノを分解し始めた。 部品になって行くピアノを、私はひとつずつもう1度拭いては床に広げた絨毯に並べた。 小さな甥も、珍しそうにさわっていた。 ペダルの裏から、ほこりと一緒に懐かしいトトの青い羽が出てきて胸がつまった。 最後のねじが抜かれ、ピアノはすっかりばらばらになった。 6年ぶりの床が出てきて、そこに丁寧に掃除機をかけた。
玄関に並べた部品を、義弟とふたりで車へ運んだ。 うっすらと雪が積もり始めたレンガ敷きのアプローチや階段はすべりやすい。 慎重にゆっくりと、そろそろと歩いた。 どんどん降ってくる雪がピアノの上で雫になる。 私のピアノがぬれてしまう。 気になるけれど、急いで転んで壊したら大変。 ハッチから車に収めて、梱包用のタオルケットでそっと拭いた。 ありがとう、さようなら、と心の中で言った。
少し広くなったリビングで、義弟と甥に簡単な昼食を出した。 ふたりはぺろりとピザを平らげるとすぐに立ち上がった。 「もう帰る?」 「雪で道が混むといけないから」 「そうね、向こうでも楽しみに待っているものね」 滞在1時間ほどで、義弟と甥は、ピアノを連れて帰ってしまった。 あっと言う間のことだった。 広くなったリビングで、ちょっと踊ってみたりした。 インコが見ていた。
私の電子ピアノは、15年前にうちに来た。 新婚早々、長い海外出張に出ることになった夫が、私が寂しがらないように、と 思い切って買ってくれたのだ。 狭いマンションにも、若い私たちにも分不相応な、贅沢な買い物だった。 それだけに宝物だった。 畳敷きの小さな部屋で、私はピアノを弾いていた。 しばらくは教室にも通っていたのに、なんでやめてしまったのだろう。 思えば、あまりちゃんとした曲を奏でることもなかったこのピアノはかわいそうだったかもしれない。 もっと練習して楽しんで、もっともっと歌わせてあげられたらよかった。
夕方、妹からお礼の電話がかかってきた。 うしろでは、はしゃいでいる姪たちの声がする。 嬉しくてたまらないらしい。 本当によかった。 これからは、姪が毎日弾いてくれるだろう。 どんどん上達していくのだろう。 きっと大事にしてくれるだろう。 いつか素敵な曲を聴かせてもらおう。 私も時々は弾かせてもらおう。 私のピアノは、きっと幸せになる。
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