ひとりごと
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ふたりで図書館に行き、夕食の買い物して家に帰ってきたら 暗い部屋に留守番電話のランプが点滅していた。 夫の会社からだった。 すぐに折り返し電話をした夫は、むずかしそうな長い話のあと、 受話器を置きながら「行かなくちゃ」と、ため息をついた。 「どこへ?」「出張。」「これから?」「そう。」 「え〜?今日は栗ごはんよ。さんまだって買ってきたのに。」 「栗ごはんか…。残念やけど、無理やなぁ。」と、夫は本当に残念そうに言った。
「じゃ、行ってくるから。」夫はすぐに落ち着かなさそうに着替え始めた。 ついさっき、家に帰ってきたばかりなのに。 「せめてお茶でも飲んでいって?」と言うと、うなずいてようやく腰を下ろした。 紅茶を淹れ、昨日焼いた栗のケーキを切った。 夫が休んでいる間に、着替えなどの支度を整えた。 一服して、夫はあっという間に出かけてしまった。 あぁ、本当に大変そうだ。 気をつけて。
私はぽつんと残された。 それはよくあることなのだけれど、今日はそんなつもりではなかったので 空振りのような、拍子抜けのような、手ごたえのなさを感じてぼーっとしてしまった。 水に浸したままの栗と、冷蔵庫の中のさんまのことが気になって立ち上がったとき 頭の上から、ゴトゴトと音がした。 2階には誰もいないはずなのに! じっとして耳を澄ました。 やっぱり物音がするようだ。 どうしよう、もしかして泥棒? 確かめに行きたかったけれど、恐かった。 ひとりで今、どうにかなってしまったら大変だ。 もし泥棒なら泥棒で、出て行ってくれるまでここでじっとしていようか? でも、降りてきて鉢合わせしたらどうする? やっぱり思い切って、確かめに行こう。
それでも恐いので、実家に電話をして、話しながら2階に上がることにした。 次々と電気をつけて明るくして、末っ子の妹ののんきな声を聞きながら ドキドキと部屋を確かめて回った。 …大丈夫だった。 寝室にも和室にもトイレにも異常はなかった。 さっきの音はお隣の物音が響いただけかも?と思うことにした。 「リスかもよ。だったら楽しいね。」と妹。 「うん、きっとリスだよ(ネズミでも泥棒でもなくて)。よかった〜。」「うん、よかったね。」 ついでに妹とおしゃべりをした。
そして妹の後ろが騒がしいことに気がついた。 「どうしたの?ずいぶん賑やかね。」と聞いた。 明日は真ん中の妹の誕生日なので、みんなでお祝いをしているのだそうだ。 はしゃいでいる犬の声や、飛びつかれた誰かの悲鳴も聞こえた。 父の話し声や、甥の笑い声も聞こえた。
「いいなぁ、楽しそうね。賑やかね〜。」 「賑やかって言うか、うるさいって言うか…。ちょっと待ってね。」 と、妹の電話は母に代わった。 「どうしたの?また出張?大変ねぇ。…あぁ!気をつけて。ろうが手につく!」 母の声は途中から悲鳴になった。 「なに?ろうって?ケーキのろうそく?ねえ、ケーキにろうそくが立っているの?」 ちょっとうらやましくなってしつこく聞いた。 「そうよ。ケーキのろうそく。…こら!ダメ!」と母。 どうも犬を叱っているらしい。
バースデイケーキを囲んでわいわいと楽しそうに集まっている実家の様子が目に浮かんだ。 みんなそろっているらしい。 「いいねぇ。楽しそう。」と言うと 「いらっしゃいよ。栗ごはん持って!」と母が言った。 そんな、もう夜になってしまったし、今からはとても行けない。 そう伝えると「だったら明日でもゆっくりと…。」と、母は明るく言ってくれた。 なのに「へへ〜〜ん、明日は友だちとお出かけの予定があるのよ。 こっちはこっちで忙しいのよ〜。」と言ってしまった(それは本当のことなんだけれどね)。
「そう、予定があるの。それならよかった。」と母。 「そうよ、だからこっちのことは気にしないで。」私は強がりを言ってしまった。 「じゃあね、Kちゃんに『明日おめでとう』って伝えてね。」と電話を切った。 またひとりの静かな部屋になった。 実家のみんなの賑やかな声が耳に残っていた。
ひとりなんてよくあることだし、気楽なものだし、暖かい部屋にいて食べるものもあって、幸せなんだ。 夫だって、まだ電車の中だろうし、ましてやもっとつらい思いをしている人が今いっぱいいるのだ。 そうわかってはいるのだけれど、やっぱりさびしかった。 玄関や窓の鍵をもう一度確かめて、お湯を沸かし、紅茶を淹れ直した。 そして栗のケーキをもう一切れ食べた。 うん、おいしいじゃない。 こっちにだって、ケーキはあるのよ〜。
ひとりでケーキをむしゃむしゃ食べた。 ケーキの中で断面を見せている栗がかわいくて、水の中の栗や、2匹のさんまが愛しかった。 ちょっと変だぞ、私。 早く明日になって、友だちと会いたい。
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