ひとりごと
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| 鳥も花も虫もいっぱい |
2004年07月19日(月) |
学生時代の友だちに誘われて上野の美術館に行った。 展示は「万国博覧会の美術」。 この夏初めてのミンミンゼミの声を聞きながら 白い陽射しがまぶしい公園を横切り しんと静かでひんやりとした美術館に入った。
1851年、ロンドンで最初の万国博覧会が開催された。 日本はまだ江戸時代であった1867年、パリ万博に初めて参加したのだ。 そしてウィーン万博、シカゴ・コロンブス万博…。 ここでは海外に向かってやっと開かれたばかりの日本が出品した 美しい工芸品の数々が展示されていた。
たとえ友だちと一緒でも、美術館では黙って静かに見ているつもりだった。 なのに思わず歓声を上げてしまう。 ため息が漏れてしまう。 蒔絵や七宝、象嵌や刺繍の工芸品たちの美しいこと。 なんて繊細で精緻で優しく優美なのだろう。 こんな細やかで愛らしいものは見たことがなかった。 いくら見ても見飽きないほどだった。 こんな美しいものを出品して、日本の人たちはどんなにか誇らしかったことか。
モチーフは、そのほとんどが自然界のものだった。 花鳥風月、そして虫や動物。 中でも、花と同じくらい鳥を象ったものが多いのだった。 鳥が大好きな私は、小さな部分にも鳥の姿を見つけて喜んだ。 かわいく無邪気で、優美でしなやかで、気高く雄々しい鳥たち。 昔の日本人は(工芸家は?)鳥が好きなのだったと思う。 嬉しくなってしまった。
そして虫の姿もいくつも見られた。 こおろぎや松虫がつややかな沈金の月の前でシルエットになっていたり 金属の精巧な置物になっていたりした。 実物大の鈴虫の置物のかわいいこと。 蟷螂などは、関節ごとに動くようにもなっていた。 展示品の名札に書かれた英訳では、あっさりと「cricket」や「insect」とまとめられているけれど、 絵でも塑像でもちゃんとそれぞれの虫の特徴が表れているのだ。 なんて細やかで優しい観察眼。 大昔の虫好きの人と話がしたいような気持ちになった。
部分展示がされていた「百花百鳥の間」も圧巻だった。 広い天井いっぱいに、はばたく鳥を下から見た姿が実物大に刺繍されている。 ふっくらとしたおなかや広げた尾翼、すっきりと伸ばした脚が細い糸で描かれている。 壁は季節の花々が水彩画のように繊細な綴織の中でたおやかに咲いている。 ちょうど100年前のこの万博を、タイムマシンに乗って見に行きたい。
今の日本だったら、どんなものを出品するのだろうか? このような工芸品は、今も作られているのだろうか? あの感性と技は今も受け継がれているのだろうか? 2時間あまりゆっくりと見て、ふたたび明るい昼間の光の中に出て思った。 きっと誰かが作っている。 これからの若い人たちも受け継いでいる。 そして私もいつか手にとって見ることができる。 そう思いたい。
美術館の中のレストランで昼食をとったあと、不忍池の方に友だちを誘った。 「暑いのに」なんて友だちは渋っていたけれど、きっと蓮が咲いていると思ったから。 濃い緑の蔭をたどって、池まで歩いて行った。 ほら、やっぱり! 一面に池を覆いつくすような蓮の葉。 ずっとずっと向こうの空まで蓮の葉が続く。 私たちは言葉もなく池のほとりにたたずんだ。 神々しいような、ユーモラスなような風景だった。
波打つような丸い葉の間から、ピンクのつぼみがいくつも覗いていた。 朝早くから咲いていた蓮の花たちは、もう眠り始めているのだった。 つんととんがったつぼみの先にとんぼがとまった。 さっき見たばかりの蒔絵の文箱を思い出させた。 水面を覆う蓮の涼しい葉陰には、茎の間を縫うように泳ぐ鴨の姿があった。 みんな絵のように見えた。 鳥も花も虫も、空も水も美しい。
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