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----------2005年08月03日(水) 圧倒的に知らない
とかげのような目つきが苦手であまり話したことがなかったその人が去年の5月に3週間の休みをとったのは知っていた。海外で挙式したらしい。今では姓が変わっているのも知っていたけれど会社では前の姓のままで働いていた。
ひどい顔色をして、何度も離席を繰り返し、端末を打つ手を止めて頭を抱えているその人が妊娠しているのはおめでたですか、と問うまでもなく明らかだった。
白い箱の中で単なる頭数として其処に座っているだけの誰もがそれぞれに物語を抱えていて、箱の外に出れば決して窺い知ることのできない表情を持っていることをあらためて思う。とかげのような目つきのその人の胎内で精液が放出され体液と交じり合って新たな命が誕生した瞬間のことを想像して少し身震いがした。
命の一番はじめのその瞬間。「父」と「母」が共有したはずの快楽と体温。「母」の身体を襲う吐気と貧血。猛烈なスピードで分裂を繰り返す細胞。
「それ」はいったいどんな気分がするのだろう。
私は、何も、知らない。圧倒的に、知らない。
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