「時」の記憶/BY.Yuzuki
過去未来


2006年05月09日(火) 忘れていた感情

寝室で、眠る前に小説を読むのが最近の日課

今、中山可穂さんの
「サグラダ・ファミリア」を読んでます

こういう小説は久しぶりで、はじめは、

途中で読むのやめちゃうかも・・・

なんて思っていたけど、さすが中山さん!
読者を惹きつける文章力に脱帽です
読み始めたら止まらなくなってしまう・・・

内容については、あまり触れないようにしたいのですが
少しだけ日記の為に言わせて頂きます(^^;

「死」がからんでくる話なんだけど・・・

祖父を思い出して泣いてしまった

私が、初めて直面した「死」だった

読んでいる途中で、祖父の面影や声、昔話した会話や、握手した手の感触・・・
色んな情景が思い出され・・・
小説の内容とは全くかけ離れてるんだけど、どうしても重なってくる

こんなに鮮明に覚えてるのに!
もう、おじいちゃんは、この世のどこにもいないんだ・・・


もう、小説どころではなくなってしまって

電気を消して、布団にもぐりこんだ
あとからあとから涙が溢れて・・・
すごく胸が苦しくなってしまう

いつの間にか寝てしまったけれど

「死」というものが、こんなに辛く、いつまでも心の中に留まるものなのだと

改めて、思い知った

愛する人を突然、事故で失い辛い主人公が思った事

とりあえず、スタインウェイ(ピアノ)さえあればわたしは生きてゆける。
でももし、かわりに透子が生き返ってくれるなら、あのグランドピアノを捨ててもいい。
この指を一本残らず折ってもいい。耳もいらない。目もくれてやる。
音楽と決別して、愛をあきらめて生きてもいい。
透子が五体満足で、息をして、動き回ってくれさえすれば、二度と会えなくてもかまわない。


すごくわかる気がする。


なのに、私は「死にたい」と思ったことが何度もある
「死」に対して憧れたこともある

昔は、年をとるのが嫌で、20代に死にたいとまで思っていた(^^;
親不孝モノだわ・・・



蒼くんに一度言った時は怒られた 「簡単にそんなこといったらあかん!」と。


「死にたい」なんて逃げ言葉なんだと、わかっていても使ってしまう

気をつけないとね・・・

人生なんて、いつ何が起きるかわからない

死にたいって思ってなくても、明日、交通事故で死ぬかもしれないんだから・・・

そして、そのあと、苦しむのは生き残っている家族や友達、関わってきた人たちなのだから



・・・でも、いつかきっと、また思ってしまうのが人間なのです・・・とほほ。


柚月