チフネの日記
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2010年02月16日(火) 不二リョ 君に一番のチョコをあげたいんだ。

目的の人物を見付けて、菊丸は一目散に駆け出した。
そして両手を広げて、ぎゅっと抱き付く。
「おチビ〜っ!」
「菊丸先輩、苦しいっす……」
不満顔で見上げるリョーマに、菊丸は「またそんなこと言ってー」と、笑った。

「それでさ、どうなったの?」
「あの、いきなり何の話っすか」
「またまた惚けてー。先週、おチビの相談に乗ったことを忘れたとは言わせないぞ?」
「あれは、相談ってもんじゃないような」
「けど、どうしようかって方向性は決まったんじゃないのー?だとしたら、俺のおかげでしょ?ね?」
「……」

先週、菊丸はたまたま空いた時間にテニス部へと顔を出した。
その日は不二がアルバム委員で忙しかったのもあって、
一人だけでの参加だった。
顧問と、現部長に許可を取りコートに入って、後輩達の相手をしていく。
一通りこなした後、なんだかぼんやりとしているようなリョーマに声を掛けてみた。

「おチビちゃん、どうしたのー。なんか今日は気合いが足りないぞ?」
「そんなこと無いと思うけど……」
「んん?なんか悩みでもあるんじゃないの?そんな顔してる」
「いや、悩みってほどじゃないような」
「でも、なんか考えてる。そうでしょ?もし俺で解決出来そうなことだったら、話してみてよ。
力になれるかも」
「えーっと、うん、そうだね…」
言葉を切った後、リョーマは顔を上げた。

「あのさ、不二先輩って普段、チョコレート食べたりしてる?」
「えっ」
「どうなのか、知りたいんだ」
なんだ、やっぱり不二のことかあ、と菊丸は微笑んだ。
不二とリョーマが付き合っているのは、周知のこと。
恐らくバレンタインに向けて、リョーマでさえ色々考えているようだ。
ここは真面目に答えてやろうと、菊丸は小さく頷く。

「不二がチョコ食べるところはあんまり見たことないなあ。
あいつ、辛党だから」
「やっぱり……」
「不二にどんなチョコ贈ろうかって悩んでいるんだ?もう、可愛いなあ〜」
ぎゅっと抱きつくと、「苦しいっす!」とリョーマが抗議の声を上げた。

「あ、ごめん。
でも、不二にチョコ、ね。おチビから貰えるのなら、なんでも喜ぶんじゃないの?」
不二のリョーマへの溺愛ぶりを見ると、例え溶けたものでも、賞味期限切れのチョコでも喜ぶだろう。
それを指摘すると、リョーマは首を横に振った。

「だとしても、俺はちゃんと不二先輩が喜ぶものを贈りたいんす。
なんでもいいってわかっていても、どうせなら好きなものをあげたいじゃないですか」
「うわー、今の言葉、不二に聞かせたらきっと喜ぶよ。
そこまで僕のことを想ってくれてるんだって、ね」
「茶化さないで下さい。もう、菊丸先輩に相談したのが間違いだった」
そう言って去って行こうとするリョーマを、慌てて引き止めに掛かる。
頼りない先輩と烙印を押されたままでは、格好つかない。

「待って、おチビちゃん」
「まだ何かあるんすか」
「あのさ、不二はチョコっていうか、甘いものは苦手みたいなんだよね。
だからチョコに拘らず、違うものあげたら?」
「でも日本ではチョコをあげるのが常識なんでしょ?そう聞いた」
「いや、そりゃ間違ってないけど……」
困ったな、と菊丸は頭を掻く。
たしか不二は去年も一昨年も貰ったチョコを部室に置いて、
欲しい人にあげていた。
本当に甘いものが好きではないのだろう。
リョーマから貰ったものはなんでも嬉しいだろうが、それはチョコが好きになったということにはならない。
「もういっそ、不二の好きなものにチョコレートをコーティングして渡しちゃえば?」
「それって、どういう……」
「例えば、わさび煎餅に溶かしたチョコを塗って、とか、じゃ駄目かにゃー」
適当なこと言っちゃった、と乾いた笑いを浮かべる菊丸に、リョーマは目を瞬かせた。

「それ、いいかも」
「えっ」
「アイデア頂きます」
ぺこっと頭をリョーマは下げる。
本当に実行する気かと思ったが、それはそれで不二も喜ぶかもしれない。
特に反対することなく、その日の部活を終えた。



結果が気になった菊丸は、リョーマにどうなったか確かめようと思って、
今日も部活に参加を決めたのだ。
「ねえねえ、本当に不二にわさび煎餅チョコあげたの?」
「そんなわけないでしょ」
あっさりとリョーマは否定する。
「え、じゃあ何あげたの?」
「柿の種チョコ。あれなら普通に売っているし、不二先輩も喜ぶと思って」
「ああ、あれか」
なるほど、と菊丸は納得した。
バレンタインっぽい品ではないが、不二でも食べられるし、喜びそうなものだ。
「考えたね、おチビちゃん。不二、喜んでいたでしょ」
「っす」
「それで、不二からは何貰ったの?」
「……、なんのことっすか?」
「惚けなくてもいいよ。おチビが悩んでいたように、不二だって何贈ろうか色々考えていたんだよねえ。
秘密、とか言って不二は教えてくれないし、これはおチビに確認しようと思って」
「なら俺も秘密っす!」
「あー、もうそんなつれないこと言ってー。ちょっとだけ、教えてよ。ね?」

菊丸が今日ここに来た理由はもう一つあった。
不二が何を贈ったのか、リョーマに確認する為だ。
「ね、教えて、教えてー」
「絶対、嫌っす。あんなこと……」
「あんなこと??」
「とにかく絶対に言わないっす!」

にじり寄る菊丸に、リョーマは反対方向へ逃げ出そうと背を向ける。
が、菊丸は素早くリョーマの裾を掴んだ。
「逃がさないよ、おチビちゃん。さあさあ、詳しく聞かせてもらおうか」
「ヤダ!いくら菊丸先輩でも言えないことはあるっす」
「でも聞いちゃうもんねー。逃げられないよ?」
じっくり聞かせてもらおうと、菊丸はリョーマの肩に手を掛けた。
瞬間、
「不二先輩ー!何やってんすか!?」と、リョーマが声を上げる。

「英二……。越前に何してるのかなあ?」
「へ?」
突如現れた不二に、菊丸は思わずリョーマの肩から手を放した。
「ふ、不二?今日は委員会は」
「早く終わったんだよ。で、越前を迎えに来たところなんだけど。
それで英二はここで何してるの?」
「えーっと、それはあ」
「菊丸先輩に迫られていたっす」
「お、おチビっ!」
何てことを言うんだと青くなる菊丸に、リョーマはべー、っと舌を小さく出す。
どうやらしつこくしたことに対するお返しらしい。

「そう、英二……覚悟は出来ているよね?」
「目が怖いよ、不二!あ、あの、俺、用事を思い出したっ。じゃあ、先に帰るね!」
「話はまだ終わっていないよ」
しかし菊丸は俊敏な動きで、ひらっと不二の手をかわしてその場から逃げ出す。

「英二って、時々素早いよね」
既に遠くなって行く菊丸の背を見て、不二は苦笑する。
「今日、逃げても明日きっちりお仕置きするだけなんだけどな。
ま、いいか」
「……」
「それで、英二となんの話してたの?」

笑顔を向ける不二に、リョーマは溜息をついた。

「話なんてしてない。
あんなこと、言えるわけないじゃないっすか」
「あんなこと?」
「バレンタインのことっす!あんたがくれたチョコのこと!」
「ああ、あれね」
嬉しそうな顔をして、不二は言った。
「美味しかったでしょ?越前だってそう言っていたじゃない」
「言ってないっす!大体、なんでわざわざ体に塗って、とか馬鹿みたいなこと……。
チョコくれるなら、普通に下さい!」
「それじゃ面白くないでしょ?可愛かったなあ、僕の体についたチョコを一生懸命舐める越前の顔がまた」
「わー!!も、もうこれ以上喋るの禁止っす!」

顔を赤くしてリョーマは耳を塞いでしまう。
そんな仕草も可愛いと思いつつ、これ以上怒らせるのはまずいと判断した不二は、
もうこの件を喋るのを止めることにした。

「折角、貴重な体験をさせてもらったんだから、
他の誰かに聞かれるのも勿体無いし、学校で話すことはしないよ。約束する」
「そうしてもらえると助かるっす……」

ほっと息を吐くリョーマに、不二はにこっと笑顔を浮かべた。


「でも家でだったらいいよね?
ホワイトデーの相談もしたかったんだ。
今度は越前がホワイトチョコで、っていうのがいいな。
柿の種チョコも美味しかったけど、越前に勝るものなんか無いからね。
お返しはそれがいいなあ。
チョコは僕が用意しておくから。ちゃんと熱くしない程度に調節するよ」
「笑顔で言うところじゃないから……」

どうやらまだまだ苦難は続きそうだと、
リョーマはがっくりと肩を落とした。


チフネ