チフネの日記
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2010年02月03日(水) けれども心は擦れ違ったまま 不二リョ ※BAD END注意!

本日、一つのニュースが日本中を駆け巡った。
それは一人の日本人選手が、ある世界大会でベスト16まで勝ち進んだこと。
彼の経歴や、そして父親が有名な選手だったことから、徐々に大きく取り上げられて行く。
まだ年が若過ぎるということから、今回の優勝は無理そうだが、
ひょっとして将来、グランドスラムも夢じゃない、そんな期待が寄せられる。

「今後が非常に楽しみな選手です」
ニュースキャスターが笑顔で締め括った言葉は、
彼に注目している全ての人々が抱いている思いと同じだった。





そんな中、不二は独りで自分の部屋に閉じ篭り、
ずっとベッド中に持ち込んだノートパソコンの画面を凝視していた。
一つの画像を見ては眺め、次へと進んで行く。
クリックし続けているのは、不二がこれまで撮って来た写真のデータだ。

―――ただの写真ではない。

誰にも見せたことのない秘密のフォルダに収められたもの。
不二は時々、それを眺めては閉じて、眺めては閉じてを繰り返している。
でも、今日の場合はちょっと違った。

越前リョーマ。
彼の名前をニュースで見た瞬間、不二はとうとうこの時がやって来たのかと、胸を押さえた。

いつか自分の手の届かない所へと行ってしまう。
初めからそんな予感はあった。

他の一年生の中に紛れていても、リョーマには特別な輝きがある。
目立ってしまう。無視することなんか出来ない。

だから才能が無い者は嫉妬し、早い内に芽を摘もうと画策する。
しかし本当の意味で特別な存在は、妨害を妨害とも思わず、
相手を圧倒してしまうものだ。
その証拠に、たった一度退けただけで、誰もリョーマに何も文句を言わなくなった。

言えるわけがない。
恐ろしい存在だと、文句を言った者達はわかってしまったのだろう。
触れたら、近付いたら、自分の才能の無さに気付かされて、きっと立ち直れなくなる。
ここがプロの世界なら、そういうのもあるだろう。
己の限界を知って、身を引いていく。勝負はとても厳しいのだから、時にそんな絶望と会うこともある。
そこから学んで、強くなっていく。
プロに飛び込んだ者達は、化け物に出会うのを覚悟して飛び込んでいるのだから、
立ち直る術も知っている。

けれど。
たかが部活動、しかも中学生の身でそんな挫折を味わってどうする?
勝てるわけがない。
存在自体が卑怯という相手に、どう立ち向かっても結果は敗北しか無い。
そんな惨めな気持ちを抱いたまま過ごせというのか。

一年生達は、まだいい。
リョーマの強さを無邪気に褒め称えて、敵わないなあ、と当たり前のように言えるのだから。
二年生達はそうはいかない。
自分達が超えられなかった壁をひょいっと乗り越えて、高みにへと行く。
その姿を追い付くどころか、横に並ぶことも出来ない辛さ。
どんなに悔しいだろう。

そして、レギュラーである自分も。
いつ追い抜かれるかという恐怖に、震えて過ごしていかなければならない。

越前リョーマには関わらないでおこう。
不二は、最初に会った時からそう決めていた。
あんな存在と張り合うことすら無謀だ。
おまけに同学年には手塚という化け物もいる。彼だけでもう十分だ。
天才と呼ばれながらも、身近にいる手塚に勝つことも出来ないのに、
これ以上屈辱を味わうのはごめんだ。

意図的に、不二はリョーマを避けていた。
このまま半年、何事もなく過ごそうと決めていたのに。

なのに、彼が「好き」なんて言うから……。

あの雨の日の試合。
絶対やりたくないと思っていたリョーマと、初めてネットを挟んで向かい合った。
なんとか逃げ切ろう。
そんなことばかり考えていたら、途中から雨に降られて、
こちらが優位のままで終わらせることが出来た。
続けていたら、間違いなくやられていただろう。
絶望を味会わずに済んで良かった、とほっと胸を撫で下ろしたことを覚えている。

だが、その所為でリョーマにいらぬ興味を抱かせてしまったらしい。


「俺、先輩のこと好き、みたいなだけど……」

偶然、二人きりになった部室で告白された時、
不二は衝撃に動けなくなってしまった。

「なんか気になるんだよね。
今まで全然親しくなかったけど、いや、だからかな。
先輩がどんな人か知りたくて目で追っている内に、好きになったみたい」


あの、越前リョーマに好きだと言われた。
天才なんてもんじゃない、化け物のような彼が、
こんな本気を出しても敵わない自分を好きだって?

恥らうように顔を赤くするリョーマをまじまじと見て、
不二はすぐに目を逸らした。

この子は、いずれ世界に出て、誰もが名を知るような選手になる。
たまたま同じ学校というだけで、側にいるけれど、
数年後には手の届かない存在になる。
好きだなんて言ってるのは、今の内だけだ。

そんなことはわかっていたけど、
「先輩は、俺のこと……どう思っている?」と小さな手が肩に触れた瞬間、
体が勝手に動いて、リョーマを抱きしめていた。

だって、こんなすごい子が好きだって言ってくれているんだよ?
彼を無視することなんて出来ない。
しようと思っていても、いつでも視界に入ってしまう。
関わらないようにしてても、意識してしまう。
結局、逃れることなんて出来やしない。
だって、彼は特別なんだから。

その越前リョーマが、好きだと言ってくれいるんだ。
例え、短い間だけでも構わない。
世界に出る前までは、この子を自分のものにしてしまおうと、不二は考えた。



今、不二が見ているのはその頃の思い出ばかりだ。
リョーマは性に関しては全く無知だったらしく、
最初は恥らっていたけれど、段々と不二の要求に応えてくれて大胆になっていった。
カメラの前で、こんなポーズを取るくらいに。

「これなんて、よく撮れているよな。
ネットに流したら、きっと騒ぎになる……」

女との性行為ではなく、男にされているとわかるアングルもある。
勿論、相手が不二だというのはわからない撮り方だ。

何かリョーマとの思い出を残しておきたい。
そんな気持ちから、二人の間にカメラを持ち込むようになった。
最初はリョーマも抵抗していたが、不二が熱心にお願いすると、聞き入れてくれた。
多分、好きだったからこそ、いいよと言ってくれたのだろう。

まさか、その写真が命取りになるなんて知らずに。

(もし、これをネットに流したりしたら……)


まず、本物か悪戯かで憶測が飛び交うだろう。
そしてその内、偽物だろうがどうでもよくなって、面白がっている内に下種な推測が飛び出す。
例え本人がきっぱり否定しても、
もしかしたら……なんて、勘繰りもされるかもしれない。
いや、越前のことだ。
案外、「あれ、本当に俺の写真っすよ」と言って、世間を騒がせる可能性もある。

そうなったら、大会どころじゃなくなる。
これからの試合も出られるかどうか。

たった一枚の写真を流せば、リョーマのこれからは全く変わってしまう。

自分がリョーマの人生を握っている……。


そこまで考えて、
不二は勢い良くパソコンを閉じた。

わかっている。
そんなことをしても、リョーマは戻って来ない。
だって自分から、手を放したのだから。

留学の話が来ているけど、どうしようと、彼は相談してくれただけなのに。
いよいよ離れる時が来たと、自分が勝手に先走り、
リョーマの背中を押すのだと、妙な義務感に駆られて、別れようと告げた。

「本気で言っているんじゃ、ないよね?」

泣きそうな顔をしていたのを、今でも覚えている。
なのに「本気だよ。もう、君には飽きちゃった。さっさとどこにでも行ってくれない?」と言ったのは、自分の方だ。
「わかった……先輩がそう言うのなら」
涙声で、去っていくリョーマの後を、不二は追うことはしなかった。
こうなるとわかっていたのだと、自分に必死に言い聞かせているばかりで、
何もしなかった。


リョーマが今、必死で努力をして、前を見ているのに、
過去をちらっとも振り向いてもくれないと勝手に落ち込み、その上邪魔をしようなんて、
そんな権利なんてどこにもない。
一緒に歩むことを選ばなかった自分に、相応しい結果だ。

(今更わかるなんて、僕は本当に馬鹿だ……)

リョーマが特別な才能を持っているからとかじゃない。
駆け足してでも横に並ぼうとしなかった、自分こそが愚かなだけ。

パソコンを抱きしめて、不二はぽろぽろと涙を流し続けた。












「ちょっと疲れたから、部屋で休んでくる」


マネージャーにリョーマはそう告げて、
自分の部屋に戻り、早速ベッドに横になった。

勝ち進むにつれて、インタビューだのなんだの、面倒なことが増えていく。


「テニスだけしていればいいってもんじゃないのかよ。
鬱陶しい……」

そのテニスも注目され始めて来てから、
段々と楽しくなくなっているような気がする。
強い奴と戦いたい、それだけだったのに、
今じゃ負けるのが怖くなっている。

負けたら次の大会、と切り替えていけばいいのだが、
その時に体調が万全じゃなかったら?怪我していたら?
悪いことが頭の中に降り積もっていくみたいだ。

数年前はこんなことなかった。
何故あの時は、誰であろうと倒せるなんて自信があったのだろう。
そんなもの、今は欠片もない。


むくっと起き上がって、リョーマはバッグを手にした。
そして奥に仕舞いこんである写真を取り出す。

中学時代に付き合っていた人が撮ってくれたものだ。

リョーマは彼のことが、とても好きだった。

何を考えているかよくわからなかったけど、
笑顔はとても綺麗で、それを見ると嬉しくなったり苦しくなったりしたものだ。
初恋だった。
今でもとても好きだ。
けれど、あっさりと振られてしまった。

もしかしたら、最初から彼は自分のことなど好きではなかったのかと思うこともある。
告白したから、暇潰しに付き合ってくれていただけなのかもしれない。
だとしても、一緒にいられて幸せだったのは本当だ。
短い間だけでも、付き合うことが出来て良かったと写真を胸に抱いて目を閉じる。


「不二先輩……」

写真には、とても人に見せられない自分が写っている。
ベッドのカメラを持ち込む不二に、最初は抵抗したけれど、
そんなに熱心に頼むのならと、許して素の姿を晒した。

撮られることが普通になってから、
一度だけ、どんな風な出来上がりになっているか、見たいとせがんだことがある。
不二は「じゃあ、一番良く撮れていると思ったものをあげるよ」と、
大真面目な顔して渡してくれたのがこの一枚だ。

不二に触れられて、喜んでいる自分の姿がそこにはあった。
この頃の幸せを写している一枚だと、リョーマは思った。

正直に言うと、試合しているよりも、不二としている時を思い出す方がずっと興奮する。

あの手にもう一度触れられたい。
キスもして欲しい。
前みたいに体を繋げて、そして滅茶苦茶にして欲しい。

渇望するのは、二度と叶わないからだろうか。


『さっさとどこにでも行ってくれない?』

冷たい声で言われて、彼の愛を失ったと知って絶望したあの日。
テニスだけが支えとなって今日まで来たけど、
本当はまた不二とやり直したい。そう願っている。

だけどしつこして、嫌われたくない。
遠くから、思うことしか許されないのだ。

「不二先輩……」

熱っぽく彼の名前を呼んで、何度も思い返す。

不二が愛してくれた過去の記憶をなぞる為に、
リョーマはハーフパンツの中に左手を突っ込んだ。


終わり


チフネ