チフネの日記
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2008年05月23日(金) 答えはきっとそれしかなくて。(真田リョ)

礼をして、真田はコートから出た。
「やったな、真田」
「先輩相手に完勝じゃねえか」
今まで試合を観戦していた同じ一年からの歓声に、黙って頷く。
真田が寡黙なのはわかっているので、彼らは気を悪くする訳でも無く今の試合の感想をそれぞれ語り始めた。

「随分、攻撃的な試合だったな」
「蓮二」
「いつもよりも火を出す時間が早かった。先輩相手に少し、容赦が無かったかと思うが?」
「手を抜かないのが俺の主義だ」
「それだけでは無いように見えたのは、俺の気のせいか?」

柳には隠し事が出来ない。よく、わかっている。
そう思って、真田は苦笑した。
柳だけではなく、この男もだが。

「俺には誰かと張り合っているように見えたけどね」
「幸村、いつからそこに立っていた?」
「45秒前からだぞ、弦一郎」
「流石だね、柳」
「当然だ」
「……」

なんという会話だ、と真田はそっぽ向く。
しかしこれはよくあるやり取り。
黙って流したいと思っても、絶対許されないその前振り。

「で、真田のご機嫌な理由って何?すごく聞きたいなあ」
「別に俺はご機嫌という訳じゃ…」
「へええ。絶対勝てるって先輩相手に大人気ない位に叩きのめしたことに、
理由は無いんだ?
じゃあ、ただのストレス解消ってことかな」
「……」

幸村の言葉に、真田は思い切り顔を顰めた。
ストレス解消、なんてそんなの誰が相手でもするはずない。
わかっていて、幸村はそういうことを言うから始末が悪い。

「違うんなら、どう違うのか説明して欲しいなあ」
「幸村、真田を追い込むのはほどほどにしたらどうだ」
「おや。柳は知りたくないのかな。
真田が今日、どうしてここまで頑張ったのか。その理由を俺は知りたいね」
「それは、知りたいが」
「だろう?」
「しかし言い方というものがあるだろ」
「一番効果的な言葉を選んでるつもりなんだけどな」

にこっと、と幸村が笑う。
綺麗な顔立ちをしている彼だが、決して弱弱しくない。その笑顔でさえも逃げ出したくなるほど恐ろしい。
辛うじて、真田は踏み止まった。

「さて、真田。柳も知りたいそうだから、とっとと吐いた方がいいよ」
「俺をダシに使うな、幸村…」
「どうなのさ。例えばあのボウヤからの返事が無いから苛立ちをぶつけた、とか。
もう連絡取りたくないとか書かれてたとか、そういう報告ならいつでも聞くから」
「越前?あいつからのメールなら昨日読んだが、別にそんな事書かれて無かったぞ」
たちまち幸村の顔色が変わった。

「向こうでも元気にやっている。いや、むしろ元気過ぎる。
さっそく通っているテニススクールで強い奴に挑戦して勝ったらしい。
相手は18歳というらしいから、すごいな」
「ふーん、そう」
「幸村?何か機嫌が悪いのか?」
「別にー」
「あいつも頑張っていると思ったら、つい俺も力が入ってしまったようだ。
これからは気を付ける」
「いや、いいんじゃないか?越前のメールが刺激になって、お前の実力が引き出されるのなら良いことだと俺は思うぞ」
「そうか、蓮二がそういうのなら間違いないだろう」
柳と真田の会話を聞いて、幸村は一層白けた顔になった。

「あ、そう。あまり面白く無さそうな話だから、俺は退散するよ」
「幸村?」
「弦一郎、放っておけ」
離れて行く幸村に、柳はくすくすと笑った。
「あいつはお前と越前が連絡を取っているのが気に入らないだけだ。
ただの焼もちだから放っておけ」
「そうか?だが、俺と越前はメールをしてくらいで、別にそこまで親しいという訳じゃないのだが…」
「それでも羨ましいんだろ。まさか、お前達が連絡を取り合う仲になるとは予想してなかったからな。
次に再会する時、効果的に近付いてやろうと考えてて、先を越されたから焦っているようだ」
「??」
「わからないのなら、別に構わない。
お前は自分の思ったまま行動していれば良いのだからな」
「あ、ああ」

柳の言っている意味もよくわからない、と真田は小さく唸った。


越前リョーマとメールのやり取りをするようになったのは、
彼がアメリカへ行く直前からだった。
向こうへ渡ると知った時、真田は軽く衝撃を受けた。
まだ13歳の彼が、もう世界へ目を向けている。
旅立ちを決めるのは人それぞれだ。
だからそれを聞いても、真田自身焦るつもりは無い。
でも、リョーマが遠くへ行ってしまう。噂で聞いた時、まだ…もう少し日本に居たっていいじゃないか。
そんな風に思った。

幸村に勝った今、ここで彼の相手になる選手がそう何人もいないと知っていても。

越前リョーマとは個人的な付き合いをしたことは無い。
公式戦で一度試合をした。それだけ。
知っているのは名前位。

そんなほぼ他人も同然なのに、彼のことが忘れられない。
真田の心に住み着いた越前リョーマは、簡単に出て行きそうに無い。
あの奇跡みたいなプレーをするテニスコートでの彼と、
そこから出た時のじっと見詰める大きな目。
繰り返し思い出す度に、胸が熱くなる。
その感情がなんなのかは、わからないけれど。

漠然と、リョーマとはまたすぐにどこかの試合会場で再会出来ると思っていた。
次会ったら、もやもやとした気持ちを解消する為にも話し掛けてみよう。
そこまでかんがえていたのに。
リョーマが今よりも遠くに、いつ会えるかわからない所へ行ってしまう。

衝動が、真田を動かした瞬間だった。

家なんか知るはずも無いから、真田は青学へ押しかけた。
終業式後にアメリカへ渡る保証は無かったから、一秒でも無駄に出来ない、そう思った。
そうして下校する生徒を一人一人確かめて、リョーマが通って行くのを待った。
2月の冷たい空気が体温を奪っていくのにも構わず、真田はずっと探し続けた。

「何、やってんすか?」

ようやっと会えたリョーマは、あの大きな目を更に大きくして真田をじっと見上げた。
すっかり強張った顔をなんとか笑顔(に見えたかはわからないが)へ変えて、
真田はこれから先もどうにか連絡を取りたいんだと、告げた。

本当はもっと他に言いたいことがあった気がするが、全部吹き飛んでしまった。
だからとりあえず、このまま途切れないように連絡先を知っておきたかった。
知らないまま別れたら、伝えたいことを思い出してもどうしようも無いから。

つっかえつっかえ話す真田に、リョーマは真面目な顔をして聞いてくれてた。

「連絡先ね、ちょっと待ってて」
真田が話を終えた後、少し考えてリョーマは鞄から紙とペンを取り出した。
「あっちの住所と、携帯番号とメールアドレス。それでいい?」
「あ、…その、いいのか?」
「普通なら断っただろうね」
鞄の上に紙を置いて、リョーマはさらさらと書き始める。
「でも、なんだろ。今のあんたの話を聞いて、なんか…動かされるものがあったよ」
「そうなのか?」
「うん。それにあんたなら信用出来そうだし」
はい、と紙を渡される。
真田はそれをゆっくり受け取った。

「言いたいことを思い出したら、教えてよ。
俺もそれが何なのか、知りたくなった」
「そう、なのか?」
「うん。だから絶対、教えて。わかった?」
「あ、ああ…」
珍しく。
そう、真田が知っているリョーマの笑顔は、生意気そうなものだった。
なのに今、年相応の可愛らしい笑顔を向けられて、不覚にも動けなくなった。


越前リョーマのことを考えると、そんな不覚だらけの自分になってしまう気がする。
そわそわして落ち着きが無くなったり、
嬉しくて気恥ずかしい気持ちになったり。
メールをどう書いたら良いか、何時間も悩み続けたり。

でも、嫌な気分じゃない。
忙しい中ちゃんと返してくれるリョーマのメールに、嬉しく思い、励まされている自分を実感する。
遠い距離だけれど、この空の延長線上のどこかにいるリョーマとたしかに繋がっている。
また明日も頑張って行ける。一人の時よりももっと、もっと。

(次に会える時こそ、ちゃんと答えを見付けておくからな)

真田の旅立ちもそう遠い日じゃない。
この道を歩いていけば、きっと会える。
そしてメールなんかじゃなく、もっと近くで会えた時に…今度は伝えられるはず。
彼はあの大きな目で見上げて、そして黙って聞いてくれるだろう。


(それにしても幸村が焼もちとは…?友人が他の奴に関心を移して面白くないのだろうか。
フォローの為に、今日の放課後は一緒に帰るように誘ってみるか)

寄り道は原則禁止だがこれも友情の為だと、真田は頷いた。


その後、幸村に「全くわかってない…」と能面の表情で言われることになるのだが、
今はまだ気付いていない。


チフネ