チフネの日記
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2008年05月18日(日) それでも、忘れない(塚リョ)

「あーあ…退屈!」
ベッドの上でリョーマが大きく伸びをすると、
それまでずっと荷物の整理をして見向きもしなかった手塚がようやくこちらを向いた。

「退屈なら家に帰ったらどうだ」
「折角来たのに、そういうこと言うんだ。ヒドイ!」
「泣き真似しても駄目だぞ。お前がそんなことで泣く訳無いってわかってるからな」
「ちぇー。だって部長が構ってくれないから、退屈なんだよ」
「…明日出発ってわかってるのか?俺は忙しいんだ」
「荷造りなんて終わってるんでしょ?何してんの」
「その荷造りで忘れ物が無いかチェックしている」
「そんなの後で送ってもらえばいいのに…」
「何か言ったか?」
「別に」
「そういえば、お前こそこんな所にいて大丈夫なのか?
荷造りは済んだ…はず無いだろうな」
「ううん。終わってるよ」
「本当なのか?」
「疑わしい目で見るなよ。
元々荷物は少なかったから、ゲーム機を纏めて段ボールに入れた位」
「他はやってもらったんだな…」
「何その呆れた顔」
「いや、別に」
「いいけどね。もう慣れた。部長のそういう所」
「そういう納得の仕方は不本意なんだが」
「しばらく見られないと思うと、ちょっと…寂しいかな。
部長の、その眉間にある皺」
「越前」
「もうちょっと見ていても良かったかな、なんて思ったりして」
「……」
「冗談だよ、冗談」

ベッドから降りて、リョーマは黙って見詰めている手塚に近付いた。

「あっちに行ったら、プロ目指すんでしょ。だから部長の選択を応援する。
後悔しないよう、頑張って」
「言われなくても」
「自信満々」

くすっと笑うと、手塚も珍しく、本当に珍しく顔を綻ばせた。

「お前も、続けるんだろう?」
「うん。青学の柱でいられなかったのは、残念だけど」
「まだ気にしてたのか」
「だって、さあ」

手塚に腕を捕まえて、その場に座らされる。
そしてその大きな手が、ゆっくりと頭を撫でた。

あの時みたいにキスされるのかも…、期待した恥ずかしさからリョーマは顔を伏せた。
きっと頬は赤くなっている。
でも手塚はそれをからかうようなことは言わず、静かに告げた。

「お前は立派に柱を務めた。
俺がそう認める。越前リョーマは、青学の柱だった。違うか?」
「部長…」
「ありがとうな、越前」

その一言に、泣きそうになる。
抱きついてしまいたくなってしまう。
でも、今日ここに来たのはそんな為じゃない。

ぐっと涙を堪えて、リョーマはいつもの勝気な笑みを精一杯浮かべた。

「俺の方こそ、1年間…お世話になりました。ありがとうっす」
「なんだ、急にそんな風に言われると調子狂うな」
「俺もそれ位は言えるっすよ。なんだと思ってるんすか」
「うーん、生意気なルーキーか?」
「それ、失礼っす!」

憤慨して見せると、手塚は「悪い」と短く謝罪する。
そしてお互い顔を見合わせて、それぞれ笑った。

「お前といると退屈しないな」
「そう?」
「ああ…、そういうお前をもっと見ていたかった」
「……」
「言っておくが俺のは、冗談じゃないからな」
「部長が冗談言えるとは、思えないっす」
「あのなあ」
「俺のも、冗談じゃなかったけどね」
「…そうか」

お互い、肝心なことには触れない。
はっきりとした言葉は出せない。
明日、手塚はドイツに向かい、リョーマはすぐその後アメリカへ戻る。
広い世界に二人、それぞれ旅立つからだ。

ここで何か言って、どうなる?
だから本音は心に仕舞っている。

好きだって、結局最後までお互い言えないまま、新しい日々へ歩いて行く。

「俺、そろそろ帰らなきゃ。やっぱり、荷物の確認しときたいし」
「そうか」

立ち上がるリョーマを、手塚は引き止めない。
触れてた手を、すぐ引っ込めた。

「じゃあ、部長。見送りには行けないけど、気をつけて言って来てね」
「そっちもな。お前は無鉄砲だから、喧嘩するなよ」
「お説教はもういいって」
「真剣に言っているんだぞ」
「はーい。わかりました。じゃあね、部長」
「ああ、またな」
「うん」

まるで普段の別れと変わらない口調で、手塚は家から出て行くリョーマを送り出して、
リョーマは軽く手を振って駆け出した。


(ねえ、部長わかってる?)

手塚の家から見えなくなるまで、リョーマは走り続ける。

(見送りに行かないのは、朝が早いからじゃないよ。そんな理由じゃない)

こんな逃げるように走っていたら、動揺しているのがばれてしまっているかもしれないけど。

(もし行ったら、馬鹿なこと口走りそうだからだよ。
きっと、部長を今までで一番困らせてしまう。だから、行かないって決めたんだ)

手塚とは何の約束もしていない。
再会も、この先出来る保証も何も無い。

残ったのは、いずれ消えてしまいそうな思い出だけだ。
一回だけしたキス。
ほんの一瞬だったけど、あの時このまま世界が止まってしまえばいいのに。
そう思ったことを、よく覚えている。


(止まらないなんて、わかってる。
こうして俺達は離れ離れになって、明日を迎えて行くんだ)

でも。
何度も巡る季節の先に、二人の運命が交差する日が来ると信じてる。
この道を歩んで行けば、きっとまた…どこかで会える。


その時がきたら、今度こそ。
言えなかった言葉を伝えよう。

(それまで、その日まで。
バイバイ)

今頃零れかけ来た涙を振り切る為に、リョーマはスピードを更に上げた。
明日にまで追い付ける位、速く、速く。


チフネ