チフネの日記
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| 2008年04月28日(月) |
10年後(不二リョ) BADEND注意 |
「周助出掛けるの?」
母の声に、僕は靴を履きながら答えた。 「うん、ちょっと外の空気を吸ってくる」 「部屋の片付けは終わった?」 「もうちょっと。帰ったらまたやるよ」 それ以上は母の言葉を待たずに、玄関から外へと出た。
家の改築をすることが決まって、しばらく母さん達は別の所に引っ越すことになった。 新しくなった家には裕太と、その奥さんと子供も一緒に住む。 本来なら、その役目は僕がするはずだった。 けれど仕事の関係上、この土地に住む訳にはいかない。 裕太も、僕がもうここに戻らないのを察知していたのだろう。 自ら「母さん達のことは俺に任せろよ」と言ってくれた。 感謝してもし切れない。
(ここは寒いな…)
かなり暖かい格好をして来たけれど、頬を撫でる風は住み慣れた場所よりも冷たく厳しい。 僕は今、植物関係の仕事をしていて冬でもここほどは寒くない気候の所にいる。
大学を卒業してすぐ、この街を飛び出して以来ずっと住んでいるので、 久しぶりの冬らしい風に首を竦めた。
専攻していた学科とは全く関係の無い植物の仕事を選んだ時、 当然両親からは反対をされた。 けれどあの頃の僕は、今ほどの元気も無く情緒不安定な状態がずっと続いていた。 眠れない夜も何度かあった。
ある日。窓に置きっ放しだったサボテンが月光に照らされているのを見て、ふと思い出す。 水をほとんど必要しないとはいえ、注意していないと枯れてしまう。 最後に触れたのがいつか思い出せない。 急いで僕は起き上がって、サボテンの具合を調べた。 そうして世話を続けていく内に、少しずつ僕は落ち着きを取り戻してきた。 土をいじり、サボテンを大事にしようという心が変えていったのだろう。 その時から、植物と接していたい、強く願うようになっていった。 上手くは言えないけど、これで癒されるような気がしたからだ。 知識なんてほとんど無かったけど、これから覚えて行けばいい。 無茶苦茶な説得だったが、目を窪ませたままだった僕が変わって来たことで、 両親は最後には認めてくれた。 それから、うんと遠いところに就職を決めて、この家を出た。 この街から離れたい。 いつまでもここにいたら、彼との思い出に潰されそうで。 一緒に歩いた道や景色を見ては、胸が苦しくなってしまう。 その衝動から、逃げ出したい。 だから別の所に行ってしまおう。それが旅立ちを決意した理由だ。
越前リョーマがテニス界から消えたのは、僕が最後の大学生活を迎えた年だった。 頂点を取った後、彼はすぐに引退宣言をして行方をくらました。 当然世間は大きく騒いだ。 失踪、誘拐、自殺等暗いニュースや面白おかしく捏造すらする記事も出て来た。 憶測だけが飛び交っていたが得られることは何もなく、 本人が不在のままなので真相はずっと闇の中だった。 そうしている内に新しいニュースに話題が移って行って、次第に越前リョーマのことは忘れられていった。
でも僕はまだ覚えている。 い彼がここにいたこと。僕の隣で笑っていたこと。
(ああ、やっぱり…駄目だ) 左手に嵌めた指輪を見て、息を吐く。 去年、僕は同じ職場の女性と結婚をした。 植物を愛する彼女は、日向に咲く花のように温かく眩しく、疲れた僕の心に光を差し込んでくれた。 苦しくて叫びだすような彼との恋愛とは違うけれど、穏やかに二人で寄り添って生きていく。 そんな生き方もあっていいんじゃないだろうか。 彼女はなんとなく僕の苦しみに気付いているが、黙って見守ってくれているみたいだ。 今回も一緒に帰ることを断った僕にそう、じゃあ気を付けて行って来てね」と笑って送り出してくれた。 そんな彼女の優しさに甘えているのかもしれない。 でも僕はどうしても彼とのことを、妻とはいえ語ることは出来ないでいる。
当ても無く、街をうろうろと歩く。 あの頃と変わらないようでいて、やっぱりどこか違っている景色の中に彼との思い出を探してしまっている。 (写真があれば、照らし合わせることも出来たのにな) 今回、母が片付けろと言ったのも、大量にある写真の整理だった。 当時、僕は飽きることなく彼の写真を撮っていたから。 『そんなに撮ってどうすんの?』と、呆れられる位。 笑って誤魔化したけど、例えば僕が高等部に上がって離れた時、 写真を眺めていたら少しでも寂しさが紛れるんじゃないかって、そう思っていた。 結局、もっと遠く離れてしまったのだが。 そしてフィルムを何本も消費して、撮った写真達は見たら余計辛くなるだけだと手に取ることすらしなかった。 もっと早く、彼との写真を確認しておけば良かった。 (後悔しても遅過ぎる) ごっそり出て来た写真の束を確認しながら、何十枚かそれが抜けていることを発見した。 母も他の家族も触れてはいない。 とすると、僕の写真を抜き取って行ったのは…。
(越前だ)
顔を上げると、信号の向こう側で青学の制服を着ている子が立っている。 背もあの頃の彼と同じ位で、一瞬ドキっとさせられてしまう。 成長した彼は、僕とそう変わらない身長でいるってわかっているのに。 信号が変わって、僕とその子は同時に歩道を渡り出す。 すれ違う瞬間、当たり前なんだけれど全く違う別人の顔に、落胆してしまう。 まだ彼が同じ学校に通っていたあの頃に戻れたら、間に合ったのに。 (どうして、諦めたりしたんだろう) アメリカに行く前、彼に迷いは全く無いように見えた。 どうして平気でいられるんだろうと、少し苛立ったりもした。 でも、彼も内心では不安だったのかもしれない。 口に出したら僕が心配すると思って、何も言わなかっただけなのに。 でも、せめて励みになるようにと写真を持って行った。 向こうで一人、写真を眺めていたかと思うと…やりきれなくなる。
最初から、続かないかもしれないなんて諦めるようなことを考えて僕の方がよっぽど酷いことをした。 大丈夫だと信じていたら、そんな心で送り出していたら、未来は違ったかもしれない。
クラクションの音に、僕は周囲を見渡す。 涙で滲んだ目で確認すると、信号はとっくに赤へ変わっていた。
******
「おう、リョーマ。久しぶりに相手してくれよ」 いきなり現れたと思ったら、これだ。 やっぱりドアを開けるんじゃなかった、とリョーマは小さく舌打ちをした。 「親父…よくここがわかったね」 「当然だろ、俺にわからねえことは無いの」 髭をさすりながら、ずかずかと部屋に入ってくる。 荷物はほとんど無いから綺麗なものだ。 いつでも出て行けるようにと、最小限のものしか持っていない。 「ふーん」 父親に気の無い返事をしながら、リョーマは欠伸をした。 「ったく、もっとすごーいとかさすがーとかそういう返事はねえのか?」 「無い」 「相変わらず可愛くねえなあ」 ぶつぶつ呟く南次郎を無視する。 このホテルに滞在して三日。それなのに探し出したのだから大したものだと思うけど、 絶対に言ってはやらない。
「また母さんに頼まれたの?」 その問いに、南次郎は頷いた。 「わかっているのなら、たまには顔を出してやれよ。 いつまでこんな落ち着かない生活続けるつもりだ。 少なくとも、もうお前にスクープの価値は無いから、安心して出て来いよ」 「そんな理由で帰らないんじゃない」 「はあ?だったら何だよ」 「完全に忘れてくれるまでは帰らないって、決めているから」 「おい、リョーマ。そりゃ一体誰に」 「ひ・み・つ」 にこっと笑って、リョーマは南次郎の背中を押した。 「とりあえず下のカフェでご飯でも食べててよ。結構いけるよ。 シャワー浴びたらすぐ行くから」 「ちょ、リョーマ」 「じゃあね」 勢い良くドアを閉めて、南次郎を部屋から締め出す。 少しの間怒鳴り声とノックの音が聞こえたが、それも静かになった。
「帰れる訳無いじゃん」 ベッドに越し掛けて、鞄を開ける。取り出したのは大事に仕舞ってある分厚い写真の束。 あの頃の大切な思い出がここにある。
不二はもう別の人生を歩んでいるのだろう。 開放しなくちゃ、と覚悟を決めてから一切の連絡も取っていない。使っていた携帯もすぐ解約した。 恋人として最後に出来るとしたら、彼を楽にしてあげること。 自分ばかり好きなテニスをして、それで忙しくなって、不二に連絡を取ることもままならない。 こんな関係で、不二が幸せでいられるはずがない。そう思っての決断だった。 だからこそ今更のこのこと日本に帰って、うっかり再会なんかしたら最悪だ。 彼をかき乱すような真似だけは絶対に出来ない。
自分は…ここにある写真の中の不二を眺めていれば、それで満足。生きて行ける。 「大丈夫、俺は寂しくなんかないよ」 一生分、愛してくれた。それだけの想いがあったことはわかっているから。 十三歳と十五歳の自分達が幸せそうな顔をして写っている。それが確かな証拠だ。
(だから、絶対幸せになってね)
リョーマはそっと写真の中の不二にキスをした。
終わり
チフネ

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