チフネの日記
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| 2008年04月26日(土) |
夏、だった。(君がいない明日よりも、以前の話) |
髪から零れる水滴をタオルで拭きながら、リョーマは不二の部屋のドアを開けた。 部屋の気温は快適に感じる設定にされて、ほっと息を吐く。 そして迷うこと無くベッドに腰掛ける。 もう何回も来ている部屋だ。勝手も大体知っている。 「暑−っ」 言いながら、また髪を拭く。 一緒にシャワーを浴びた不二は、今キッチンで飲み物を用意してくれている。 手伝う、とリョーマは主張したのだけれど、 「いいから。部屋に行って待っていて」とにこやかに言われて結局2階に追い立てられてしまった。 遠慮、というのとはちょっと違う。
(俺のこと、甘やかしたいだけなんだよね) 世話を焼いている時の、不二の幸せそうな顔。 あれを見ると、断れなくなってしまい結局言う通りにさせてしまう。 流されているよなあ、とリョーマは呟く。
不二の呆れる位の甘やかしっぷりに最初は戸惑った。 人の手を借りる、というのはどうも慣れない。 けれど。 自分でやるからいい、と言うと不二の顔がそれはそれはハッキリわかる位落胆するのだ。 リョーマが驚いてしまう位。 そんな顔されたら、嫌なんて言えない…。
結局リョーマとしては、不二が幸せならそれでいい。 だから周囲がどんなに呆れていても、 この甘やかして甘やかされての関係はいつまでも続いて行くんだろうなと思った。
(あ、先輩の足音)
階段を上がってくる音に、リョーマは半分開いているドアに視線を移す。 するとトレイを持った不二がゆっくりと部屋へ入って来た。 「お待たせ、越前。喉渇いたでしょう?」 「うん」 「期間限定のファンタと、いつものグレープとどっちが良い?」 「両方」 「そう思った。だからどちらも用意したよ」 トレイにはグラスが3つ乗っている。 リョーマのファンタ二つと、不二の飲むお茶。 さすがだよね、とリョーマはにっこりと笑った。
「ありがと。遠慮なく頂く」 「どうぞ」 少し迷っていつものグレープを手にして、一気に飲み干す。 「そんなに喉渇いてたの?帰り道もポカリ飲みながら歩いてたのに」 ちびちびとお茶を飲みながら、不二が尋ねる。 「ファンタは別」 「成程」 「それに今日は暑かったからね。部活が休みで良かった。 ランニングなんかやったら、2リットルのペットボトルでも足りないよ」 「んー、大袈裟かもしれないけど、その位必要だったかもしれないねえ」 「でしょ?そこに乾先輩の汁なんてもってこられたら…ぞっとする」 「この季節に手作りの飲み物は危険だから、無いと思うけど。 乾のことだから、持って来ちゃうかもね」 「うわあ。飲みたくないー」 「僕もちょっと、遠慮したいかな」 二人して顔を見合わせて、笑う。
今日は久しぶりに部活が休みだった。 全国大会前の、休息。 でもリョーマには一日だってテニスを休むことは考えられなくて、 不二を誘って近くのテニスコートで打って来た。 休息が目的だから、明日に疲れを残す訳にはいかない。 顧問にばれたら大変なことになる。自分が誘ったとはいえ、不二にまで迷惑を掛けちゃいけない。 だから本当は自分が優勢な所で終わりたかった所をぐっと抑えて、 時間の延長無しにコートを後にした。
カウンター攻略したかったなあ、と不完全燃焼な気持ちは当然くすぶっているけれど、 今ここでニコニコして笑ってる不二の顔を見ていると、こんな風にのんびりしているのも良いかと思えてくるから不思議だ。
「そうだ。この間撮った写真出来たんだよ」 「この間?」 「うん。ほら、皆でボーリング行った時の」 「ああ、あれか。」 思い出して、リョーマは頷いた。
『写真を撮るのが、趣味なんだ』 付き合い始めた時、不二は照れたように今まで撮った作品を見せてくれた。 風景や日常。何気ないものがそこには写ってる。 いいなと思ったら、すぐにシャッターを押す。だからこんなに増えちゃったんだ、と不二は言う。 『ねえ。今度から越前のことも撮っていいかな?』 『俺?だって毎日会えるのに、わざわざ写真に撮ってどうすんの?』 意味がわからない、とリョーマは首を傾げた。 カメラ越しに見る必要がわからない。 そう言ったリョーマに、不二は珍しくどうしても撮りたいと食い下がって来た。 そんなに言うのならいいけど…それくらい。いつもお世話になっていることだし、とリョーマもそれ以上拒否するのを辞めた。また悲しそうな顔をされたら、困ってしまう。 『じゃあ最初の記念』 『え?』 『ほら、越前もっとこっちに寄って?』 『え、ええ?』 許可をしてすぐに、二人でくっ付いた写真を撮ることになった。それが始まり。
そして、この間のボーリング大会も。 カメラを持ち込んだ不二は、皆も写していたけれど、主にリョーマのことを撮っていた。 真面目にやりなよ、と菊丸に怒られた程だ。 一体どんな写真が出来上がっているのやら。 恐る恐る不二が机から持ってきた写真の束を受け取って、確認する。
「やっぱり……」 一枚ずつ確認をしながら、リョーマは小さく唸った。 「どうかした?」 「どうかも何も、写っているのほとんど俺ばっかり。皆なんて一人一枚くらいで、いいの?」 いかにも義理で撮りましたという感じだ、と脱力する。 こういう時に個人を撮るなんて、ちょっとまずいんじゃないの、と視線を送ると、 不二は涼しい顔をして答えた。 「皆、青酢のショックで僕が写真を撮っていたことすら覚えていないよ。 どうしても見せてって言われたら、一人一枚は撮ってあるんだからそれを出せばいい」 「あんたって…」 「ん?」 「前から思っていたけど、自分勝手だよね」 「正直って言って欲しいな。だって越前を写す為だけにカメラを持って行ったんだから、しょうがないじゃないか」 「はあ」
不二は早めに青酢でリタイヤした所為で、後半の写真はほとんど無い。 もしあのまま続けていたら、この枚数の倍になっていたはず。 ボールを投げたり、青酢を見て青くなっている顔の自分の写真を不二に返して、 リョーマは大きくため息をついた。 「こんなに沢山撮って、どうすんの。アルバムに貼ってもすごい数になるよね。 邪魔にならないの?」 半分呆れながら聞くと、不二はそんなことないよ、と笑って答える。 「どうもしないよ。ただ君と一緒にいた、その証を形にして残して置きたいだけだ」
リョーマからしたらなんの記念にもなっていないような写真を、 不二は大事そうに指で撫でている。 写真の方が大切か?とむっとして、反論してみる。
「そんなの必要かなあ?俺とその時のことを話せば済むじゃん。 形なんかじゃなく、思い出として語ればいい。それじゃ駄目なの?」 「駄目、っていうか」 困ったように、不二は口篭った。 「そうだね…。でも写真は僕の趣味だから。 これからも撮るのを止めるつもりは無いよ」 「先輩」 「だけど、君といる時は…」
写真を脇に置いて、不二はリョーマの肩を抱く。 「写真じゃなく、本物の越前を見るって約束するから」 「別に、俺はそういうつもりで言ったんじゃ…ないけど」 まあ、いいかとリョーマも不二の体にくっ付いた。 何かはぐらかされている気がするけれど、今は黙ってもいい。
(なんかさあ、不二先輩って)
証を残すとか、その寂しい言い方とか。 まるで将来別れることを示唆しているみたいで、少しむかついてしまう。 ずっと一緒にいられる環境じゃなうなったとしても、 気持ちさえあれば続いて行くもんじゃないだろうか。 それを最初から諦めて、どうするんだ。 離すつもりなんて、無いのに。
「ねえ、先輩」 「何?」 「こんな風に、何年か先の未来でもこうやって二人で過ごせたらいいね」 だから、リョーマは思ったことを口に出した。約束をするのでは無く、そうであったらいいなという希望だ。 「うん、そうだね。本当にそう思う……」 手を握って来る不二に、ちゃんとこの気持ちは届いているのだろうか? 伝わるようにと、リョーマは強く握り返した。
この恋が終わるなんて、全く考えもしなかった。 だって別れることになる春はここからは遠過ぎて見えなかったから。 続くと信じていられた。覚めるなんて欠片も思わず、夢中になってた。
季節は、まだ夏だった。
チフネ

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