ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2022年10月06日(木) 母の奇跡

朝の肌寒さを覚悟していたけれどさほど気温は下がらず

思いがけずに快適を感じる朝となった。

けれども油断は禁物だろう。身体に堪える日が来るのに違いない。

血圧がぐんと高くなりぽっくり死んでしまうことだって在り得る。

命は取り留めても祖母のように半身不随になる可能性もあるのだ。

まだ秋の序の口からもう冬が怖くて不安でならなかった。

潔くどうして死ねよう。私はまだまだ生きたくてたまらない。




母がお世話になっている施設のSNSが更新されていて

お習字をしている写真がアップされていた。

そこに母の姿が見つからず一気に不安がつのる。

これまでは必ず母の姿を見せてくれていたのだった。

どうにも気掛かりでならず今日は思い切って施設に電話をしていた。


やはり思った通り先日の母の元気は空元気だったと分かる。

けれども決して嘘をついたわけではない。母に自覚が無いようなのだ。

母らしくあっけらかんとしていて全く気にしていない様子だと言う。


幸い担当の医師と話すことが出来て詳しい病状を聞くことが出来た。

今は頭の上に壺を載せて恐る恐る歩いているような状態らしい。

躓けば壺が落ちて割れてしまうと言う。それは当然のことだった。


心臓を守ろうすれば腎臓が弱る。腎臓を守ろうとすれば心臓が弱る。

今はどちらにも負担が掛からないように最善を尽くしてくれているらしい。

素人にも良く分かるように説明してくれて少し気持ちが楽になった。

とにかく母の生命力を信じるしかないのだと思う。


コロナ禍で面会は叶わないけれど面会が叶う時には

「それは危篤状態になった時ですよ」と医師は言う。

だから面会出来ないことをむしろ喜ぶべきなのだろうとも思った。

異変があれば必ず連絡すると言う。連絡が無いことを祈るしかない。

どれほどの日々が流れるにしても受け止めていかなければいけない。


コロナ感染を乗り越えたのも奇跡だと医師は言った。

母の生命力が人並み以上に強いことを物語っている。


そんな母を残してどうして先に逝けようか。

私は不安がっている場合ではない。

もっともっと強く逞しく生きていかなければならない。






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