| 2022年07月23日(土) |
大暑には鰻手当の有り難さ |
二十四節気の「大暑」季節はもう真夏となる。
戻り梅雨もやっと明けたらしく素晴らしいほどの夏空となった。
早朝より海苔網を洗う作業に精を出す。
今年は収穫ゼロと大変な痛手ではあったけれど
汚れた網をそのまま野晒になどどうして出来ようか。
綺麗に洗って干す。そうして来年の希望に繋げていく。
不思議と虚しさを感じなかった。網も愛しいものである。
どんなにか海苔の子供を順調に育てかったことだろう。

土用の丑の日でもあり三年ぶりに鰻を食べる。
昔は天然鰻をいくらでも食べられたけれど
今は養殖鰻でも高価になり貧乏人には手が出せなかった。
それこそ清水の舞台から飛び降りるような気持ちで買ったのが三年前。
今年は思いがけずに職場から「うなぎ手当」を頂く。
一昨日、会社に臨時収入があり義父が「鰻を食べようぜ」と言う。
本来なら会社の運転資金として貯蓄するべき収入であったけれど
義父もよほど鰻が食べたかったのであろう。
結局は大判振る舞いとなり金庫番の私も大賛成となった。
久しぶりに食べる鰻のなんと美味しかったことだろう。
贅沢をすると幸せな気分になる。三年ぶりなら尚更のこと。
たかが鰻では決してない。鰻が神様のように思えて来る。
何よりも家族の喜ぶ顔が身に沁みるように嬉しかった。
貧乏所帯の毎日の遣り繰りも一瞬報われたような気がする。
明日は鰯の丸干しであろうとも耐えてくれるに違いない。
常日頃から貧富の差を感じずにいられないこの頃でもあった。
つい卑屈になり惨めな思いをすることも多いけれど
貧しさは決して不幸ではあるまい。
裕福な人が幸せとは限らないのと等しい。
戦中戦後の食糧難に比べたらなんと恵まれていることだろうか。
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