| 2008年12月19日(金) |
「容疑者Xの献身」(映画)。 |
1人ひっそりとおしごと(倉庫)のあと図書館→ガストで夕食兼時間つぶし→映画。 結局、来週の倉庫シフトを休むのはやめちゃった。その代わり明日行くつもりでいた吉祥寺までの遠征が無しかな。冷静になるとやっぱり遠出してる場合じゃない気がする。 で、仕事のあと図書館行ったついでに途中の乗り換え駅にある映画館へ。「容疑者Xの献身」、ずっと観よう観ようと思ってたけどやっとだ〜。最後の回で券を買うのが2時間前だともう席選びほーだい(笑)。でも入ってみると、老若男女いろんな層が二桁はいた。やはり人気なのかな。 内容はわりとそつがなくて突っ込みドコロがない感じ(笑)。ドラマの映画化としてはかなり出来がいいっつーか、今まで観た中でも最も単独で見られる作品のような。ドラマを見てないと判らない!というところがほぼ無い。つか、それで考えてみるとあのドラマはミステリドラマとして頑張ったぶん人間関係の発展や展開みたいなものはあんまり無かったってことだろうな。個人的にはそれで全然オッケーなんだけど。東野作品的な特徴でもあるのか? で、そつが無いのは無いのだが、ミステリ的にもストーリー的にも完全想定内。意外な箇所がなにひとつなかった…。タイトルと原作刊行当時の惹句(これほど深い愛情に、これまで出会ったことがなかった。)が無ければミスリードに引っかかったと思うんだけど、あんだけヒントあったら無理だよ…。なのに飽きなかったというか、それはやはり役者が良かったからなんだろうなあ…堤さんの巧さにあらためてかんどー。 キャストロールでマジ黄と明日夢がいたことに驚愕。どどどどこだ! 少年野球か高校あたりだろうか。授業風景は石神だけをガン見してたからそれなら気づかなくても無理はないが、そんな脇? しかし映画観て原作の話すんのも乱暴かもしれんけど、何であれで本格論争が起きたのかよく判らん。本格とゆーのは論理的な解明があるミステリのことで、難解な謎が解かれるミステリってわけではないと思うんだけど、わたしが何か論点を勘違いしてんのかな。まあ論争の詳細知らんしな。映画だと考えると、もすこし後味をなんとかしても良かったような。ドラマの中の1話ならあれで充分なんだが(相棒に時々暗い終わりがあるように)、最後に何がしかの救いというかフォローが何かあっても良かった気がするな、精神的に。 あ、あと石神@堤さんが隣の母娘に救われる心情がすごくよく判って、あのシーンというか過程がすごく好きで共感したんだけど、これは判る人と判らない人の個人差が激しいような気もするんだよな…。判らない人にはまったく共感できず何がなんだか判らんだろう。 で、結局わたしの初容疑者Xは映画になったということか。なんだかんだで観そびれて、お芝居が初になるんじゃないかと思ったけど。 「地獄の使いをよぶ呪文 ―悪魔と魔女の13の話 (プロイスラーの昔話)」オトフリート・プロイスラー(小峰書店)読了。 2010/09/21(火) 23:35(更新)
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