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今日もまたおしごと(館)の帰りにちょっと本屋に寄って、今月のダヴィンチをさらっと眺める。買えよすいません。しかしそこの特集コーナーだったかの座談で、今気になってる同人ジャンル?みたいな話題で鉄道擬人化本について熱く語られているのに倒れそうになった。ええとたぶんあれは「僕の架線を守って」の内容をことこまかに、それこそ台詞も引用するよーな勢いで語られていたような…いいのかそれ、やばくないのかジャンル的に! 「理由あって冬に出る」似鳥鶏(創元推理文庫)読了。タイトルが面白そうで読みたくなっただけで、腐的なものはまったく欠片も期待してなかったにも関わらず、読んでみたら伊神先輩と主人公で萌えてしまった…スイマセン(誰にともなく)。まあ単に関係性がわたしのツボど真ん中だったってだけで本来この作品に腐臭はまったくないと思うけど。物語の空気はすごく古典部シリーズテイストな感じだよなあ。つーかあんだけ男女フラグがはっきり立ちまくっているにも関わらず伊神葉山で萌えるってどうよ自分。いやーでも(以下ネタバレ&妄想激烈につき隠し)逆にあんだけはっきりフラグが立ってるのにその決着つけてないのもどうよ?(笑)むしろ「葉山を漠然と気に入っているものの自分でもその曖昧なもやもや感を把握しかねてお互い憎からず思いあってるだろう柳瀬とはっきりくっついてしまえばケリがつくとさり気に背中を押しまくってみたものの立花の件で枷を外して吹っ切れた実例を知ってしまい、更に葉山は葉山で夜中にわざわざ学校まで自分の面倒をみるために戻ってくるしふと気づいたら三田に選択を迫られて立往生する葉山をらしくもなく思わず庇ってしまったしでついに開き直る伊神さん」てとこまで妄想が巡った(酷い)。それもこれもエピローグで人間関係的になんも触れてくれないのが悪いんだよ!(←責任転嫁の見本) 2009/08/09(土) 01:34(更新)
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